中村玉緒!年齢は?昔は?夫は勝新太郎!さんまとの出会い!

Sponsored Link

明るい天然ボケキャラで大ブレイクした、女優の中村玉緒(なかむら たまお)さん。そんな中村さんは、かつては、大映映画のスターとして活躍。70年代には、慈愛に満ちた健気な母親役を多く演じ、新境地を開拓されています。




プロフィール!


中村さんは、1939年7月12日生まれ、
京都府京都市左京区のご出身です。

身長156センチ、
血液型はO型、

出身高校は、
京都女子高等学校、

趣味は、
パチンコ、韓国ドラマ鑑賞、

お父さんは、歌舞伎俳優の、
二代目中村鴈治郎さん、

お兄さんは、歌舞伎役者の、
四代目坂田藤十郎さん、

甥っ子は、四代目中村鴈治郎さんと、
三代目中村扇雀さんのご兄弟、

だそうです♪


昔は?


中村さんは、幼い頃から、
お父さんの舞台に出演されていましたが、

女子大生に憧れる、
普通の女の子だったそうです。

そんな中村さんですが、
1953年、中学1年生の時、

遊びに行った、自宅近くの旅館で、
映画監督、荻山輝夫さんにスカウトされて、
映画「景子と雪枝」に出演。


中学1年生の時の中村さん。

中村さんは、このご経験から、
女優を熱望されるようになるのですが、
残念ながら、女優業はパッとしなかったようです。

そこで、中村さんは、
親戚だった長谷川一夫さんに頼み込み、
1954年、中学を卒業と同時に、
大映と専属契約を結び、入社されると、

同年、長谷川さん主演の、
映画「銭形平次捕物控・幽霊大名」で、
本格的に映画デビュー。

それ以来、時代劇の娘役として、
数多く出演されることとなったのでした。


破格の扱い


ところで、大映入社当時の、
中村さんのお給料は、2万円で、
当時としては破格だったとか!

当時の貨幣価値を調べてみると、
大卒の銀行員の初任給が、
5600円、

30歳の会社員で、
1万円だったそうなので、

中学校を卒業したばかりの、
女の子の初任給としては、
考えられないほど高額だということが、
分かります。

さらに、ハイヤーで、
撮影所通いされていたとのことで、
さすが、生粋のお嬢様ですね♪


大映の映画スターとして


中村さんは、当初は、歳相応の娘役を、
多く演じておられましたが、

1957年に、映画「大阪物語」で遊女役を演じ、
その演技が認められるようになると、

1958年「江戸の青空」「炎上」
1959年「天竜の鴉」「濡れ髪三度笠」
1960年「大菩薩峠」

と、それぞれの映画で、
「京都市民映画祭助演女優賞」を3年連続で受賞。


「大菩薩峠」より。

さらに、1960年の「大菩薩峠」では、
山本富士子さんの代役として、
市川雷蔵さんの相手役に抜擢されているのですが、

「ブルーリボン賞助演女優賞」も受賞され、
中村さんの女優としての才能が、花開いたのでした。


勝新太郎と結婚


こうして、中村さんは、順調に、
女優としてのキャリアを積まれていましたが、

1962年に、同じく大映スターだった、
勝新太郎さんと結婚され、

お子さん二人に恵まれたことから、
仕事をセーブ。

家事と育児中心の生活をされ、
女優はいつ辞めてもよい、
と考えるようになったそうです。


1965年当時の勝さんと中村さん。

とはいえ、女優として魅力あふれる中村さんを、
映画界が放っておくはずはなく、

本数は絞りつつ、
映画出演を続けておられたのでした。


テレビドラマで母親役を確立するも・・・


そして、1970年代には、
テレビの世界にシフト。

テレビドラマで、
母親役を多く演じられるようになり

「不幸な母を演じさせたら右に出る者はいない」

と、言われるほど、不幸な母親役を得意とし、
新境地を開拓されたのでした。

しかし、1967年に、夫の勝さんが、
「勝プロダクション」を設立した辺りから、
状況は一変。

中村さんはその資金繰りのため、
テレビ出演のほか、舞台にも、
精力的に出演するようになるのですが、

さらに、追い打ちをかけるように、
「勝さんと子どもたちの不祥事」や、
「勝プロダクションの倒産」などから、
12億円という莫大な借金を抱えてしまいます。



夫の勝さん本人はというと、
度重なる不祥事のせいで、仕事を干されており、

中村さんは、赤坂のナイトクラブで歌を歌うなど、
営業までして、借金を返済されていたのだそうです。

そのため、中村さんにとって、
1970~1980年代は、苦難の時期で、

特に、80年代は、借金返済のために、
無我夢中で働かれたのでした。

さんまとの出会い!


そんな折、バラエティ番組、
「さんまのまんま」から、
出演のオファーが舞い込みます。

ただ、中村さんはその時、
おたふくかぜのような症状があり、

一旦は断ろうとしたのですが、
マネージャーに説得されて、
出演することになったのでした。


「第20回さんま・玉緒のお年玉!
あんたの夢をかなえたろかスペシャル」より。


実は、1993年に、
中村さんがトーク番組に出演しているのを、
明石家さんまさんが注目し、
出演のオファーをしたというのです。

中村さんは、
「さんまのまんま」に出演した当初は、
おしとやかなキャラを演じようと、
思われていたそうですが、

ついつい乗せられて、素の自分が出てしまい、
それが天然キャラとして大ブレイク!

さんまさんの慧眼と、
面白さを引き出す能力には、驚くばかりですね。


千地泰弘との出会い


そして、中村さんには、
もう一人、重要な人との出会いがありました。

ある時、中村さんがいつものように、
赤坂のナイトクラブで歌っていると、

友禅作家の千地泰弘(ちぢ やすひろ)さんから、
着物作りを持ちかけられたというのです。

中村さんは、夢で見た、
真っ赤なバラにインスピレーションを得て、

すぐに、千地さんに電話をし、

バラの着物を作りましょう。

と、興奮気味にまくしたてられたのだとか。

結果、このバラの着物は大ヒット。

中村さんは、
さんまさんと千地さんとの出会いによって、

12億円あった借金を、25年で、
きれいに返済されたのでした。

中村さんは、

「本当に人間は1人では生きていけない」

と、感謝を込めて、
おっしゃっていたそうです。

しかし、そのお二人を引き寄せてきたのも、
中村さんの魅力があったからこそですね。


左から、ご長男の雁龍さん、千地泰弘さん、中村さん、田川寿美さん。

さて、いかがでしたでしょうか?

女子大学生に憧れる普通の少女が、
一時は、大映の映画スターとして、
女優の地位を確立するも、

夫の借金返済のため、
ナイトクラブで歌うまでに苦労し、

そしてまた、
バラエティ番組で大ブレイクと、

逆境を乗り越え、
多くの才能を開花してきた中村さんですが、

2016年で、なんと77歳。

これからも、お体には十分に気をつけて、
末永く、その明るいキャラで、
私達を和ませてほしいですね。

応援しています!!



  • LINEで送る
Sponsored Link

Sponsored Link

関連記事

コメントは受け付けていません。

サブコンテンツ

カテゴリー

ブログランキング

↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑ 押して頂けると嬉しいです(*^_^*)

このページの先頭へ