1970年代に活動を始めて以来、長きに渡って老若男女を問わず高い人気を誇る、お笑い芸人BIG3の一人、明石家さんま(あかしや さんま)さん。今回は、そんなさんまさんの、知られざる少年時代についてご紹介します。

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年齢は?出身は?身長は?

さんまさんは、1955年7月1日生まれ、
奈良県奈良市のご出身(和歌山県東牟婁郡古座町(現・東牟婁郡串本町)生まれ)、

身長172センチ、

血液型はB型、

学歴は、
奈良市立鼓阪小学校
⇒奈良市立三笠中学校
⇒奈良県立奈良商業高等学校 (現・奈良県立奈良朱雀高等学校)

(小学校時代は水泳に打ち込むほか、絵心もあり、水彩画の全国コンクールで入賞したこともあったそうです)

好きな食べものは、
カレーライス、ぶり大根、魚の煮付け、

趣味は、
ゴルフ、テニス、テレビでスポーツ観戦、パチンコ、競馬、麻雀、

ちなみに、同期には、島田紳助さん、関根勤さん、桂小枝さん、オール阪神・巨人さんがいらっしゃいます。


6歳の時のさんまさん。

本名は?芸名の由来は?

さんまさんの本名は、「杉本 高文(すぎもと たかふみ)」なのですが、芸名の由来は、実家がさんまの水産加工業をやっていたことから、落語家の師匠・笑福亭松之助さんより「笑福亭さんま」と命名されたそうです。

ただ、松之助さんは後に、屋号「笑福亭」が自分たちの勢力範囲を示しているような感じがし、さんまさんに不自由さを感じさせていると思われたことから、ご自身の本名「明石」をオリジナルにした「明石家」と、「さんま」「明石家さんま」に改名させたのだそうです。

幼少期に母親が死去~継母からは無視されていた

さて、さんまさんは、さんまの水産加工業を営んでいたお父さんのもと、2人兄弟の次男として、和歌山県で誕生するのですが、3歳の時、お母さんが病気で他界。

その後、さんまさんが小学4年生の時に、お父さんが再婚し、新しいお母さんにも連れ子がいたことから、年の離れた弟ができたと、さんまさんは大喜びだったそうですが・・・

新しいお母さんはというと、実の子ども(弟)ばかりを可愛がり、さんまさんとお兄さんのことは完全に無視。まるで、2人がそこにいないかのように、ずっと弟ばかりに話しかけていたそうです。

そんなお母さんに対し、さんまさんは、少しでも興味を引こうと、毎日必死で面白いことを考えるようになったそうですが、それでもお母さんの態度は変わらなかったそうで、

さんまさんの兄・正樹さんは、後に、

そのお母さんが隣の部屋で酒を飲みながら「うちの子はこの子(弟)だけや……」って。二人でよう二段ベッドで泣きましたわ。せやから高文は酒飲む女の人が苦手なんです。

と、語っておられます。

義理の弟とは仲良しだった

それでも、さんまさんは、弟さんを大変可愛がり、それは、さんまさんが大人になり、芸人として有名になってからも変わらなかったようで、

さんまさんは、

ぼくのことを、昔から、 すごく尊敬してくれるやつでね。ぼくがいうことは、すべて正しいと思っていたみたいですよ。

自分にも、それから他人にも、素直に自分をさらけだせるやつでしたね。

と、弟さんのことを語っておられます。

少年時代は運動神経抜群

ところで、さんまさんは、小学校時代、なんと、ムササビを捕まえたことがあるそうで、当時、「ムササビを捕まえた少年」として話題となったことがあったほか(その時捕まえたムササビは、さんまさんが通っていた小学校に展示されているそうです)、

中学校時代には、軟式テニス部に所属していたにもかかわらず、相撲部にもスカウトされて、代役として市内大会に出場すると、団体戦で優勝するほか、個人戦でも2位を記録。

また、高校時代には、サッカー部で主力選手として活躍し、県大会の決勝まで進んだことがあるなど、運動神経が抜群な少年だったそうです。


高校生の時のさんまさん。

(実は、中学時代には野球部にも所属していたそうですが、高校では、「ボウズになりたくなかったから」という理由でサッカー部に入られたのだそうです)

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男女問わず学校の人気者だった

そんな、運動神経が抜群で、明るくて面白かったさんまさんは、体育祭ではウケを狙って逆走して脱線するなど、サービス精神も旺盛だったため、女子からとてもモテたそうで、バレンタインデーの時には、下級生がチョコを渡す行列ができたそうです。

また、お小遣いがあまりもらえなかったため、授業を抜け出してはパチンコに行き、パチンコで得た収入でサッカー部のメンバーのためにいろいろなものを買い、部活が始まる前に戻ってくるなど、面倒見の良い性格だったため、男女問わず、人気者だったそうです。

(さんまさんがなぜパチンコで勝てたのかというと、もともと、お父さんの水産加工業の会社に勤めていた人が会社を辞めてパチプロになっており、その人に当時のパチンコの要だった釘の良し悪しを教えてもらったからだそうです)

「明石家さんまのデビューは落語家だった!師匠は笑福亭松之助!」に続く

体育祭で逆走。先生に捕まり、連れ戻されてしまうさんまさん。

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