BEGIN!恋しくてでデビュー!涙そうそうで再ブレイク!

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1989年、「三宅裕司のいかすバンド天国」で優勝を果たしデビューした、沖縄出身のバンド、BEGIN(ビギン)。2000年「涙そうそう」、2002年「島人ぬ宝」が大ヒットを記録し、一躍国民的な人気を博しました。




デビュー曲でいきなり大ヒット!


「BEGIN」は、沖縄県石垣島出身の、
3人の幼なじみ、

ヴォーカルでギターの、
比嘉 栄昇(ひが えいしょう)さん、

ギターとコーラスの、
島袋 優(しまぶくろ まさる)さん、

電子ピアノとコーラスの、
上地 等(うえち ひとし)さんが、

高校卒業後に上京し、
結成されたバンドで、

1989年、オーディション番組、
三宅裕司のいかすバンド天国」(イカ天)で、
見事、優勝を果たされると、

翌年の1990年には、
シングル「恋しくて」でプロデビュー。

この曲は、「日産自動車」のCMソングにも起用され、
オリコン4位という大ヒットを記録。
一躍有名になられたのでした。




低迷


しかし、十分な下積みなしに、
突然人気を博した3人は、
実力が伴っていなかったせいで、

大きなホールツアーでは、
思うような演奏ができず、

ライブ終了後には、
悔し涙を流されたのでした。

さらに、追い打ちをかけるように、
「恋しくて」の大ヒットに縛られてしまい、

曲作りも思うようにいかず、
さっぱり売れなくなってしまいます。

そして、ツアーのサポートをしてくれた、
有名ミュージシャンたちも次々と減っていき、

ついには、3人だけで、
ライブハウスを回るようになってしまったのでした。

そのことについて、上地さんは、

周囲からは可哀想な目で見られましたが、
民放のない石垣島のテレビで育った僕らにとっては、

CMに採用されるよりも、
ライブハウスこそが憧れ。

それは『恋しくて』の呪縛が解けた瞬間でした。

と、振り返っておられます。

沖縄の島唄


こうして、3人は、数年間、
ライブハウス回りを続け、
次第に実力をつけていきます。

そして、余裕が出てきた頃、
地域のお祭で歌ったことがきっかけとなり、

より幅の広い年齢層に、
聞いてもらえる歌を作りたいと、
思い始められたそうです。

その一方で、
音楽面でも変化が表れたようで、

当初は、ブルース調の曲を、
作っておられたのですが、

ブルースの聖地である、
ナッシュビルやメンフィスを訪れた折、

現地の人々の存在そのものが、
ブルースを表現していること、

また、ブルースでは、現地のミュージシャンの、
足元にも及ばないと気づき、

自分たちの音楽を、
考えるようになったのだそうです。

そして、3人にとって、
空気のような存在だった、

沖縄の島唄へ思いを、
強くされていったのでした。


「涙そうそう」で再ブレイク!


こうして、「BEGIN」は、
沖縄の島唄の中に、自分たちのルーツや、
先人たちの素晴らしさを見出し、
曲作りをするようになると、

結成10年目の2000年、
「涙そうそう」がヒット。



2002年にリリースした、
「島人ぬ宝」も、
大ヒットを記録したのでした。



このヒットを受けて、「BEGIN」は、

2000年「ビギンの島唄~オモトタケオ~」
2002年「ビギンの島唄 ~オモトタケオ2~」

など、島唄のみのアルバムを発表されるなど、
沖縄の島唄を中心に曲作りを続けていくのですが、

比嘉さんは、

それまではブルースや島唄を分けて考えていましたが、
次第にジャンルの壁を超え、
いろんなテイストを混ぜられるようになった。

何よりも、聴いてくれる方の、
暮らしの中で響かせたい。

1曲聴く間だけでも、
悲しみや苦しさを忘れられたり、
喜びを分かち合えたり。

そんな歌作りがしたくなりました。

と、語っておられ、

「BIGIN」は、次第に、
様々な、音楽のジャンルを融合させた曲も、
作り始めるようになったのでした。

さて、いかがでしたでしょうか?

多くの人が口ずさめる流行歌を作っていきたい、
と、おっしゃっている「BEGIN」のみなさん。

どこかで聴いたことがある、
ふと気づくと口ずさんでいた、
そんな生活に溶け込んだ歌で、

これからも、私達を、
元気づけたり、癒したりしてほしいですね。

応援しています!!



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