いしだあゆみ!ブルーライトヨコハマ!病気で激ヤセ?元夫は萩原健一!

Sponsored Link

1969年、シングル「ブルーライトヨコハマ」が大ヒットし、以降、女優としても成功を収められた、いしだあゆみさん。芸能界において確かな地位を築かれるも、近年は、激ヤセや奇行が取り沙汰されています。




プロフィール!


いしださんは、1948年3月26日生まれ、
大阪府池田市のご出身です。

身長163センチ、
体重45キロ、

血液型はB型、

本名は、
石田良子(いしだ よしこ)さん、

お姉さんに、フィギュアスケート、
グルノーブルオリンピック代表の石田治子さん、

妹さんに、歌手の石田ゆりさん、

義理の弟さん(ゆりさんのご主人)に、
小説家・作詞家の、なかにし礼さんがいらっしゃいます。


フィギュアスケーターから芸能界へ


いしださんは、1959年、小学6年生の時、
「全関西フィギュア・スケート選手権大会・
ジュニアの部」
で、優勝されるなど、
フィギュアスケートの選手をされていたそうですが、



1961年、当時、東宝の取締役だった、
松岡辰郎さんの紹介で芸能界入り。

同年、大阪の「梅田コマ劇場」で、
歌手として初舞台を踏まれます。

そして、翌年の1962年に上京されると、
作曲家のいずみたくさんに弟子入り。

同年4月、「夢みる恋」(原題:Walkin’ Back To Happiness)で、
歌手デビューされたのでした。
(このときは、本名の「石田良子」名義)


いしだあゆみとして


また、1964年には、
「いしだあゆみ」として、

「ネェ、聞いてよママ」で、
本格的な歌手デビュー、


「ネェ、聞いてよママ」

「七人の孫」で、
テレビドラマデビュー、

「喜劇・駅前音頭」で、
映画デビューも果たされています。


「七人の孫」より。左端がいしださん。
右から3人目が森繁久彌さん。



ブルーライトヨコハマ!


そして、いしださんは、1969年12月、
シングル「ブルーライトヨコハマ」を発表すると、
150万枚を売り上げる大ヒットを記録。


「ブルーライトヨコハマ」

この年の「第20回NHK紅白歌合戦」
に初出場を果たされています。

その後も、
1970年には、「あなたならどうする」
1971年には、「砂漠のような東京で」
と、立て続けにヒットを飛ばし、



1977年まで、9年連続で、
「NHK紅白歌合戦」に出場されたのでした。


女優へ


こうして、いしださんは、
歌手として大成功を収められたのですが、

1979年頃には、事務所移籍に伴い、
活動の場を歌手から女優業へシフトされると、

1982年には、
「野獣刑事」
「男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋」

の映画2作品で、
「第6回日本アカデミー賞主演女優賞」を獲得。


「男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋」より。渥美清さんといしださん。

さらに、1986年には、
映画「火宅の人」で、

「報知映画賞」
「ブルーリボン賞」
「第10回日本アカデミー賞主演女優賞」


など、数々の栄えある賞を受賞され、
女優としても大成功を収められたのでした。


「火宅の人」より。いしださんと緒形拳さん。

また、近年では、2003年、
いしださん四姉妹をモデルとして描かれた、
NHK朝の連続テレビ小説「てるてる家族」で、

上原多香子さんが石田夏子(いしださん)役を、
演じられているのですが、いしださんご自身も、
売れないクラブ歌手として出演され、
ドラマを盛り上げられています。


「てるてる家族」より。上原多香子さんといしださん。


閉じこもりがちな生活


そんないしださんは、2008年1月、
久しぶりに、新曲「オアシス」を発表されています。

ただ、この曲は、「ラジオ深夜便」のコーナー、
「深夜便のうた」の1曲として、
同番組で流されただけで、

いしださん本人からも、事務所からも、
新曲としての発表はされておらず、

歌手活動を再開されたのかどうかも、
定かではないとのこと。

実は、ちょうどその同時期、
いしださんは、

「昔みたいに声が出ない」

「鏡を見るのが怖い」

と、出演の依頼を断り、

家に閉じこもる生活が続いていたそうなので、
そのことも関係しているのかもしれません。

激ヤセで病気?


ところで、いしださんを、
「激ヤセ」「病気」で、
多くの方が検索されているようです。

というのも、もともと、いしださんは、
スリムな体型だったのですが、

近年の痩せ方は異常で、
骨と皮だけになっていると言っても、
言い過ぎではないほど。



その不自然な激ヤセぶりから、
「病気」なのではと、
心配の声が上がっているのです。

一体、いしださんに、
何があったのでしょうか?

実は、いしださんは、若い頃、地方営業が多く、
寝台列車で寝る生活をされていたのですが、

「睡眠薬をコーヒーで流し込んで寝る」
といったことを続けていたそうで、

そのせいで胃が荒れてしまい、
ご飯がまともに食べることができないというのです。

また、いしださんは、萩原健一さんと、
結婚されていたことがあるのですが(1980~1984年)、

その当時は、お酒の量が増え、
部屋に何十本ものワインやシャンパンの空き瓶が、
並んでいたこともあったそうで、

こういった若い頃の不摂生がたたって、
お体の調子が良くないのかもしれませんね。



さて、いかがでしたでしょうか?

2011年には、最愛のお母さんを亡くされ、
さらに、その直後、出演された、
映画「エクレール・お菓子放浪記」の舞台となった、
宮城県・石巻市が被災したことで、
心労が重なっているとも言われているいしださん。

当のご本人は、

心配されちゃったわ~。でも太れないのよね。

と、笑っておられたり、

被災地の方を、私たちが支えていかなくちゃ。

芸能活動を死ぬまでやりたい。

と力強くおっしゃっていましたが、

そのおっしゃる通りの雰囲気で、
大したことがなければいいですね。

とにかく、ご自身の健康を第一に、
頑張って欲しいですね。

応援しています!!



  • LINEで送る
Sponsored Link

Sponsored Link

関連記事

コメントは受け付けていません。

サブコンテンツ

カテゴリー

ブログランキング

↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑ 押して頂けると嬉しいです(*^_^*)

このページの先頭へ