倍賞美津子の若い頃は?元夫はアントニオ猪木!娘は?東京タワーでオカン!

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美人女優として、数多くの映画やテレビドラマでヒロインを演じられた、倍賞美津子(ばいしょう みつこ)さん。2007年には、テレビドラマ「東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン ~」での母親役が好評を博し、以降、母親や祖母役を多く演じられています。




プロフィール!


倍賞さんは、1946年11月22日生まれ、
茨城県のご出身です。

身長163センチ、

血液型はB型、

出身学校は、
松竹音楽舞踊学校卒業、

趣味は、
読書、音楽観賞、陶器収集、
ゴルフ、バイク、水泳、

特技は、書道、

だそうです♪


デビュー作で新人賞を受賞


倍賞さんは、幼い頃、茨城県から、
東京都北区滝野川へと移り住まれると、

1962年、16歳の時、
「松竹音楽舞踊学校」へ入学。

卒業後の1965年には、
「松竹歌劇団(SKD)」に、
18期生として入団されています。

そして、同年、「東京踊り」で、
舞台デビューを果たすと、

いきなり「新人賞」を受賞し、
女優としての頭角を現されたのでした。


映画界へ


その後、倍賞さんは、
目鼻立ちのはっきりした顔立ちと、
抜群のスタイルを活かし、

「浅草国際劇場」
を中心に、
歌とダンスで活躍されていましたが、

1967年には、「純情二重奏」で、
お姉さんの1961年、テレビドラマ「青年の樹」でデビューし、端正なマスクと実直なキャラクターで一躍脚光を浴びた、勝呂誉(すぐろ ほまれ)さん。1963年には、映画「下町の太陽」でヒロイン倍賞千恵子さんの恋人役を演じ、若手イケメンスターとして人気を博しました。その後、クイズ番組で知性派タレントとして新たな才能を開花されるも、1982年頃芸能界から遠ざかり、以降、ホテル「プラザオーサカ」でチーフアドバイザーとして活動されています。




プロフィール!


勝呂さんは、1940年6月1日生まれ、
兵庫県芦屋市のご出身です。

身長177センチ、
体重85キロ、

胸囲110センチ、
胴回90センチ、

靴のサイズは26センチ、

血液型はB型、

出身高校は、
兵庫県立芦屋高等学校、

趣味は、
ゴルフ、旅行、

だそうです♪


「青年の樹」「下町の太陽」で人気俳優に


勝呂さんは、「俳優座」で演劇を勉強中の1961年、
「青年の樹」で主演を務められ、テレビドラマデビュー。


「青年の樹」より。(左から)勝呂さん、
寺島達夫さん、香山美子さん。


このドラマは、大学で知り合った若者たちが、
様々な経験を通して成長していく姿を描いているのですが、

勝呂さんは、端正なマスクと、
真面目なキャラクターから一躍人気者に。

その後、勝呂さんは、
現在も所属の「松竹芸能」に入られると、

1963年には、映画「下町の太陽」で、
倍賞千恵子さんと共演され、映画は大ヒット。

お二人は、「サニーカップル」と呼ばれるなど、
話題となったのでした。


「下町の太陽」より。倍賞千恵子さんと勝呂さん。


「タイムショック」では知性派タレント


以降、勝呂さんは、
テレビドラマや映画に出演される一方で、
クイズ番組にも積極的に出演。

1970年「タイムショック」では、
11回連続出演された中で全問正解を2回記録されたほか、

無制限勝ち抜きルールでは、
57人抜きという記録を作られるなど、

知性派タレントとしても、
人気を博しています。


大空眞弓と結婚!息子は?


そんな勝呂さんの、
気になるプライベートですが、

勝呂さんは、1968年、
女優の大空眞弓さんと結婚。

大空さんとは、1961年、
テレビドラマ「青年の樹」での共演で、
知り合われたそうで、

1975年頃には、男の子(元俳優の中田元博さん)
が誕生するも、1982年には離婚。

離婚後は、芸能活動から遠ざかり、親友だった石立鉄男さんと、
共同でペットショップを経営していたと言われていますが、
詳しいことは分かりませんでした。

(その後、いつごろかは分かりませんでしたが、
 一般の女性と再婚されたようです)


息子の中田元博さん


現在は?


そして、2011年には、関西のラジオ番組、
「ヒロノツトムの走れタコ」に、
5月31日と6月4週に渡って出演され、

芸能界の裏話や、美空ひばりさん、石原裕次郎さん、
高倉健さん、フランクシナトラさんなど、
交流のあった芸能人との話なども披露され、
番組を盛り上げられていたそうですが、

現在は、大阪市の十三にある、ホテル「プラザオーサカ」で、
チーフアドバイザーとして活動されているそうで、
不定期ながら、トークショーも開催。

ランチとトークで、お値段3000円という、
リーズナブルな価格で人気なのだそうです。


勝呂さん(ホテルプラザオーサカより)


平幹二朗との関係は?


ところで、勝呂さんを「平幹二朗」で、
多くの方が検索されているようです。

というのも、平さん(故人)は、
かねてより同性愛者であったという噂があり、
そのお相手が勝呂さんだったと言われているのです。

ただ、調べてみると、平さんご自身は、
同性愛者ということに関しては、特別、
カミングアウトされている訳ではないかわりに、
逆に隠されていた訳でもなかったようで、

平さんの元妻である佐久間良子さんほか、
周囲のスタッフには普通に認知されていたのですが、

お相手が勝呂さんということに関しては、
どこから湧いてきた話しなのか分かりませんでした。


(左から)平岳大さん。佐久間良子さん。平幹二朗さん。
(2002年「鹿鳴館」の舞台挨拶より)


さて、いかがでしたでしょうか?

デビューしてすぐに期待の星として注目を集め、
トントン拍子に俳優の道を進まれた勝呂さんですが、

大空さんとの離婚後、離れて暮らしていた、
息子の中田元博さんが、覚醒剤所持で3度も捕まっており、

そんな息子さんを更生させるために、
引き取られたという話もあり、
プライベートはなかなか大変だったようです。

ただ、芸能界を遠ざかられて久しいにもかかわらず、
昔の爽やかで実直なイメージからか、今もなお、
根強いファンが、勝呂さんの芸能界復帰を、
心待ちにしているようなので、

ぜひ、また、テレビでも、
元気なお姿を見せてほしいですね!

期待しています!!



さんと、
異母姉妹を演じ、映画デビューすると、


「純情二重奏」より。お姉さんの千恵子さんと美津子さん。

1969年には、映画「人斬り」で、
人斬り以蔵(勝新太郎さん)の幼なじみの
遊女役を演じられ、「京都市民映画祭新人賞」を受賞。


「人斬り」より。勝新太郎さんと倍賞さん。

そして、同年、「松竹」へ入社し、
「喜劇・女は度胸」に出演されると、

以降、この作品を手がけた、
森﨑東監督の常連女優として、
数多くの作品に出演されています。


演技派女優として


また、1979年には、今村昌平監督の、
映画「復讐するは我にあり」で、
殺人強盗犯の妻を演じ、

「ブルーリボン賞助演女優賞」
「日本アカデミー賞優秀助演女優賞」
を受賞されると、


「復讐するは我にあり」より。三國連太郎さんと倍賞さん。

演技派女優としての地位を確立し、
黒澤明監督など他の巨匠の作品にも、
数多く抜擢されることとなったのでした。


東京タワー!


そんな倍賞さんは、2007年、
テレビドラマ「東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~」で、

主人公、中川雅也(速水もこみちさん)の、
お母さん、中川栄子役を演じられています。


「東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~」より。
速水もこみちさんと倍賞さん。


このドラマは、リリー・フランキーさんの、
同名小説のテレビドラマ化で、
母親と息子の絆を丁寧に描いており、

お母さん役である、倍賞さんに、
自身の母親の姿を重ねた、
男性視聴者の方も多かったようですが、

倍賞さんは、ドラマの中だけでなく、撮影現場でも、
共演者やスタッフに手料理を振る舞ったり、
風邪を引いている人に、栄養ドリンクを差し入れするなど、
みんなの「オカン」のような存在だったとか。

倍賞さんの、温かいお人柄は、
この、料理上手でちょっと世話焼きの、
愛情深いお母さんそのものですね!


元夫はアントニオ猪木?


ところで、倍賞さんの、
気になるプライベートですが、

倍賞さんは、1971年、
元プロレスラーのアントニオ猪木さんと、
結婚されています。



倍賞さんは、もともと、猪木さんの先輩プロレスラー、
故・豊登道春(とよのぼり みちはる)さんと知り合いで、

豊登さんの紹介により、猪木さんと知り合われ、
その後、友達としてのお付き合いから、
自然な流れで結婚に至ったそうで、

1972年には、猪木さんが出場された、
新日本プロレス旗揚げ戦で、自ら、
宣伝カーのナレーションを担当されたり、

1976年に行われた、
「アントニオ猪木vsモハメド・アリ戦」では、
猪木さんの紋付袴の着付けを行うなど、
猪木さんの活動を支えられたのでした。


離婚の原因は?


しかし、そんなお二人も、
1988年には離婚。

お二人に何があったのでしょうか?

離婚の原因は複数あるようで、

まずは、猪木さんの浮気。

ちなみに、猪木さんは、浮気現場を、
写真週刊誌に撮られてしまうのですが、

持ち前のサービス精神から、
逃げも隠れもしなかったそうで、
カメラマンの要望に応え、
写真を撮らせたと言われています(^_^;)

また、猪木さんが、
多くのビジネスに手を出されたことで、
湯水のようにお金を使い、借金が増えたこと、

そのほか、倍賞さんが、映画で、
萩原健一さんとラブシーンを演じたことに、
猪木さんが激怒したこと、

そして、倍賞さんが、
その萩原さんと不倫していたこと、

などが原因ではないかと言われています。


娘は?


そんなお二人の間には、
猪木寛子さんという娘さんがいらっしゃいます。

寛子さんは、幼い頃、ミュージカル「アニー」で、
主人公のアニー役を演じられたことがあるそうですが、
その後、女優の道には進まなかったようで、

倍賞さん夫婦が離婚された後は、
お母さんである倍賞さんに引き取られ、
ボストン大学へ留学されています。

ちなみに、ご主人は、猪木さんが会長を務められている、
プロレスと総合格闘技の団体「IGF」の取締役、
サイモン・ケリー猪木さんで、

現在は、カリフォルニアで、
暮らされているとのことでした。


中央が猪木寛子さん。

さて、いかがでしたでしょうか?

1997年、51歳の時には、「直腸がん」を患い、
直腸の全摘出手術をされるも、

退院のわずか2日後には、
ドラマ「ギフト」の撮影に参加され、
周囲に一切、心配をかけることはなかった倍賞さん。

このときから、すでに、
頼もしいオカンだった訳ですが、

そんな倍賞さんも、もう70代。
お体には十分に気をつけて、
これからも、素晴らしいオカンを演じてほしいですね。

応援しています!!



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