吉永小百合の年齢は?結婚は?若い頃は日活三人娘!橋幸夫と歌?タモリ?

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1960年、日活入社後、第1作目「電光石火の男」で、たちまちその美貌が注目された、女優の吉永小百合(よしなが さゆり)さん。その後も、日活の看板女優として絶大な人気を誇り、数多くの映画で主演を務められました。




プロフィール!


吉永さんは、1945年3月13日生まれ、
東京都渋谷区のご出身です。

身長157センチ、

血液型はO型、

出身大学は、
早稲田大学第二文学部西洋史学専修、

だそうです♪


芸能界入り


吉永さんのお父さんは、東大卒業後、
「九州耐火煉瓦」に入社、外務省嘱託職員となり、
その後も、出版社「シネ・ロマンス社」を経営と、

吉永さんは、何一つ不自由のない、
裕福な生活を送られていたのですが、

吉永さんが小学生の時、状況が一変。
お父さんが事業に失敗し、借金取りが押し寄せる、
苦しい生活となったのでした。

それを見た吉永さんは、
新聞配達をしようとしたそうですが、
ご両親に反対されたそうで、

このことが関係しているのか、
吉永さんは、芸能界を目指し、

1957年1月、小学6年生の時、
連続ラジオドラマ「赤胴鈴之助」
一般公募に応募されると、見事合格。

ヒロイン、千葉さゆり役で、
芸能界デビューを果たされたのでした。


「赤胴鈴之助」の収録中。(左から)吉永さん(12)、
藤田弓子さん(12)、古宮英昭さん、山東昭子さん(14)。


吉永さんは、1959年の最終回まで、
このラジオドラマに出演されているのですが、

このラジオ出演で、家の暮らしも、
少しずつ楽になっていったのだそうです。

ちなみに、このラジオドラマは、
1957年10月にテレビドラマ化され、

そのドラマで、吉永さんは、
テレビドラマデビューも果たされています。


美少女ぶりが注目を集める


そして、1959年、吉永さんは、
「朝を呼ぶ口笛」で映画デビューされると、


「朝を呼ぶ口笛」より。

翌年の1960年には、
高校入学と同時に「日活撮影所」に入社。

同年、日活入社後、第一作目となった、
「拳銃無頼帖」シリーズの第2作目「電光石火の男」で、
主人公の丈二(赤木圭一郎さん)を慕う、
少女の役で出演されるのですが、


「拳銃無頼帖」シリーズ「電光石火の男」より。

脇役にもかかわらず、
その美少女ぶりが注目を集めたそうで、

続く、赤木さん主演の「霧笛が俺を呼んでいる」
「拳銃無頼帖」シリーズ「不敵に笑う男」には、
いきなり、準ヒロインに抜擢!


「拳銃無頼帖」シリーズ「不敵に笑う男」より。

さらに、日活に入社して約半年後の11月には、
「ガラスの中の少女」で、
早くも主演に抜擢されたのでした。


「ガラスの中の少女」より。


タモリはサユリスト?


そんな吉永さんは、
翌年の1961年になると人気が急上昇。

なんと、この年だけで、
16本もの映画に出演されているのですが、

吉永さんの持つ、純粋で庶民派なイメージが、
うまく青春映画とマッチしたことから

「サユリスト」と呼ばれる熱狂的なファンも現れ、
社会現象を巻き起こすほどに。

芸能界でも、タモリさん、作家の故・野坂昭如さん、
漫談家の綾小路きみまろさんほか、
数多くの「サユリスト」がいらっしゃいます。


演技派女優、歌手として


また、吉永さんは、1962年には、
映画「キューポラのある街」で、

貧しさに負けずに生きていく少女ジュン役を演じ、
「ブルーリボン賞主演女優賞」を受賞されるなど、

人気実力を兼ね備えた女優として、
その地位を確立。


「キューポラのある街」より。浜田光夫さんと吉永さん。

さらに、この年には、
自身主演の映画「赤い蕾と白い花」の、
主題歌「寒い朝」で歌手デビューを果たすと、

レコード売上20万枚という、
大ヒットを記録。


「寒い朝」

そして、続いてリリースされた、
橋幸夫さんとのデュエット曲「いつでも夢を」も、

30万枚を売り上げる大ヒットを飛ばし、
この年の「第4回日本レコード大賞」を受賞。

「NHK紅白歌合戦」にも、
初出場を果たされたのでした。




日活の看板女優として


その後も、吉永さんは、

1963年「青い山脈」
     「泥だらけの純情」
     「波浮の港」
     「伊豆の踊子」



「青い山脈」より。芦川いづみさんと吉永さん。

     「若い東京の屋根の下」
     「美しい暦」
     「雨の中に消えて」
     「光る海」



「美しい暦」より。浜田光夫さんと吉永さん。

1964年「風と樹と空と」
     「潮騒」
     「うず潮」
     「若草物語」
     「愛と死をみつめて」



「愛と死をみつめて」より。吉永さんと浜田光夫さん。

1965年「四つの恋の物語」
1966年「青春のお通り 愛して泣いて突っ走れ」
     「風車のある街」
     「私、違っているかしら」



「私、違っているかしら」より。浜田光夫さんと吉永さん。

と、「日活の看板女優」として、
浜田光夫さんとコンビを組まれると、
ヒットを連発。

それまで、「男性アクション路線」で、
マンネリ化していたこともあり、

お二人の「純愛青春路線」は、
1960年代の日本映画界に、
一大ブームを巻き起こしたのでした。

ちなみに、この頃の、
吉永さんの人気は凄まじく、

ブロマイドが、あまりにも売れすぎて、
いつ行っても店頭にはない状態だったとか。

また、当時の人気女優、
松原智恵子さん、和泉雅子さんとともに、
「日活三人娘」と呼ばれたのでした。


テレビ業界へ


しかし、1960年代後半になると、
日活が、ヤクザ映画、ニューアクション、
ポルノ映画へと路線を変更していったことで、

清純派女優のイメージが強い吉永さんは、
次第に、テレビドラマへと活動の場をシフト。

1970年には、「幕末」
        「風の慕情」

         NHK大河ドラマ「樅の木は残った」


「樅の木は残った」より。平幹二朗さんと吉永さん。

などに出演され、
お茶の間の人気を博すのですが、

やはり、テレビドラマの限界なのか、
映画ほどのインパクトはなく、

かつての「映画スター」ほどの輝きは、
失われていったのでした。


脱・清純派


そんな吉永さんは、1973年、28歳の時、
ディレクターの岡田太郎さんと電撃結婚されると、
活動を一時停止されるのですが、


岡田さんと吉永さん。

約1年後の、1974年、
テレビドラマ「下町の女」で復帰されると、

1975年には、映画「青春の門」で、
主人公の伊吹信介(田中健さん)を育てる、
炭鉱夫、伊吹重蔵(仲代達矢さん)の後妻、
タエ役を演じられ、大人の女性としての演技を披露。


「青春の門」より。田中健さんと吉永さん。

また、1980年には、映画「動乱」で、
2・26事件のリーダー宮城大尉(高倉健さん)の妻役を演じ、
ここでも、艶のある演技を披露されるなど、


「動乱」より。高倉健さんと吉永さん。

清純派女優から大人の女性への、
イメージチェンジに成功されたのでした。


テレビでも成功を収める


そして、翌年の1981年、
テレビドラマ「夢千代日記」で、
被爆二世の芸者、夢千代役を演じられると、

芸者姿の吉永さんが美しく、
視聴率は20%を超える大ヒットに。


「夢千代日記」より。

1982年には「続・夢千代日記」
1984年には「新・夢千代日記」

1985年には、シリーズ完結編として、
映画化もされるほどの人気を博したのでした。


再び映画で輝きを取り戻す


また、1983年には、市川崑監督の映画、
「細雪」に出演されているのですが、

これまでで最高とも言える演技をされ、
成熟した女優としての地位を確立。


「細雪」より。

これをきっかけに、吉永さんは、
再び、映画界の中心へと復帰され、

1984年には、「天国の駅」で、
初の汚れ役にも挑戦。

夫を殺し、逃亡の末、死刑になる、
ヒロインを演じておられるのですが、

劇中は、自慰シーンを含む、
体当たりの演技を披露。


「天国の駅」より。津川雅彦さんと吉永さん。

そして、この年は、
映画「おはん」でもヒロインを務められると、

「キネマ旬報賞」「毎日映画コンクール」
「日本アカデミー賞」
などの主演女優賞を受賞。

その後、1988年には、「華の乱」で、
2度目の「日本アカデミー賞」主演女優賞を
受賞されたのでした。

以降、

1992年「外科室」
1993年「夢の女」
1994年「女ざかり」
1996年「霧の子午線」
1998年「時雨の記」


「時雨の記」より。渡哲也さんと吉永さん。

2000年「長崎ぶらぶら節」
2001年「千年の恋 ひかる源氏物語」
2005年「北の零年」
2008年「母べえ」
     「まぼろしの邪馬台国」



「まぼろしの邪馬台国」より。竹中直人さんと吉永さん。

2010年「おとうと」
2011年「手塚治虫のブッダ -赤い砂漠よ!美しく-」
2012年「北のカナリアたち」
2014年「ふしぎな岬の物語」
2015年「母と暮せば」


「母と暮せば」より。二宮和也さんと吉永さん。

と、出演数は徐々に減少しているものの、
その一つ一つの作品で、見応えのある演技を、
披露し続けておられます。

さて、いかがでしたでしょうか?

最近は、お笑い全盛期ということもあり、
バラエティに出て、素の表情を見せ、
タレント化していく役者が多いですが、

(決して、悪いことではないのですが、
 そのせいで、幻滅することも少なくありません。)

基本、役者に専念しておられる吉永さん。

吉永さんには、これからも、そのスタンスを崩さず、
いつまでも特別な存在で有り続けてほしいですね。

応援しています!!



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