幼少期から天賦の才能にあふれ、1987年には、「TMネットワーク」で「Get Wild」が大ヒットすると、1994年以降は、プロデュース業に専念し、出す曲出す曲ミリオンセラーと、一大ブームを巻き起こした、小室哲哉(こむろ てつや)さんですが、ついに、ブームも終焉の時を迎えます。

「小室哲哉は昔プロデュース業専念は一時的なつもりだった!」からの続き

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「ホワイト・アトラス」千葉社長と大ゲンカし「TRF」とhitomiのプロデュースが終了

凄まじいブームを巻き起こした小室さんですが、小室さん自身が飽きてしまったのか、1999年頃からは、これまで日本の音楽シーンの中心であったポップスやユーロビートからはやや離れた、プログレやトランスに傾倒していったことで、以前のようにヒットしなくなります。

また、小室さんは、それまで、各芸能プロダクションの社長と懇意にしていたことで、社長の依頼を受けて音楽プロデュースをしていたのですが、

1997年には、「ホワイト・アトラス」の千葉龍平社長と大ゲンカし、信頼関係が崩壊したことで、「TRF」とhitomiさんのプロデュースが終了します。


TRF


hitomiさん。

安室奈美恵、観月ありさ、篠原涼子、華原朋美のプロデュースが終了

そして、2001年には、ライジングプロダクションの平哲夫社長が脱税で逮捕されたことで、安室奈美恵さんと観月ありささんのプロデュースが終了。


安室奈美恵さん。


観月ありささん。

そのほか、華原朋美さんのプロデュースに力を入れるようになったことで、篠原涼子さんのプロデュースが打ち切り。


篠原涼子さん。

また、その華原さんも、恋愛関係のもつれで離脱と、ミリオンセラーを叩き出したアーティストたちが次々と離れたことで、小室ファミリーの規模が縮小してしまいます。


小室さんと華原朋美さん。

鈴木亜美の所属事務所社長が摘発され鈴木亜美のプロデュースも終了

さらには、そんな中、「小室ファミリー」ではないJ-POPアーティスト、宇多田ヒカルさん、倉木麻衣 さん、浜崎あゆみさん、モーニング娘。などが台頭してくると、

(浜崎あゆみさんは、KEIKOさんとのデュエット曲「a song is born」のみ、小室さんの曲を歌っています)

2000年には、小室ファミリーで、唯一ミリオンセラーとなっていた、鈴木あみ(現・鈴木亜美)さんの所属していた事務所の社長が所得を隠して摘発されたことで、鈴木さんの事務所と関係が深かった小室さんは、鈴木さんの関係も終了し、事実上、「小室ブーム」は終焉したのでした。


小室さんと鈴木あみさん。

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ソニー・ミュージックエンタテインメントから契約解除され18億円を返還

さらに、小室さんは、1999年~2000年頃、今では当たり前となっている、ネットによる音楽配信を全力で推進したことから、既存のCD会社や音楽業界にケンカを売る形に。

当時は、まだCDが売れる時代だったため、音楽業界からアンチとみなされてしまい、2001年1月には、専属プロデュース契約をしていた「ソニー・ミュージックエンタテインメント」からも契約を解除されてしまったのでした。

(このことによって、小室さんは、前受けしていた報奨金(プロデュース印税)の未消化分18億円を返還しなくてはいけなくなり、同年8月、銀行から10億円を借り、返還しています)

また、小室さんは、この当時、現在の「Youtube」「itunes」「Amazon」のようなことを、「ROJAM」という会社を立ち上げ、サイト運営していたのですが、このようなことも反感を食らい、いわゆる、「干された」状態となってしまったのでした。

「小室哲哉は吉本興業に移籍し「笑う犬の冒険」で「超ハンサム侍」をしていた!」に続く

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