根津甚八の若い頃は?状況劇場?黄金の日日?黒澤明監督の影武者!

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1969年、劇団「状況劇場」に入団し、端正なルックスで看板俳優となられた、根津甚八(ねづ じんぱち)さん。その後、1978年のNHK大河ドラマ「黄金の日日」で石川五右衛門役を演じられると、たちまち人気を博し、以降、数多くのテレビドラマや映画に出演されています。




プロフィール!


根津さんは、1947年12月1日生まれ、
山梨県都留市のご出身です。

身長172センチ、

靴のサイズは26センチ、

血液型はB型、

学歴は、
獨協大学外国語学部フランス語学科中退、

趣味は、
パソコン、園芸、ナイフ、
釣り、バイク、ジープ、 

特技は、腹話術、

本名は、
根津 透(ねづ とおる)さん、

だそうです♪


俳優を志す


根津さんは、
子どもの頃から自意識過剰で、
対人恐怖症気味だったのですが、

高校生の時、先生に勧められ、
文化祭で、自作自演の「二人芝居」を上演されると、
演じることの楽しさを知り、俳優を志されます。

そして、1967年、大学進学と同時に、
演劇研究会に入会されると、

劇作家、唐十郎さんの「特権的肉体論」に感銘を受け、
学内で、唐さんの作品を上演するように。


学生運動に参加


しかし、大学2年生の時、
学生運動が活発化しはじめると、

お芝居に夢中だった根津さんも、友達に誘われて、
みんなが活動している様子を見学に行ったことから、
学生活動に参加するようになり、

機動隊に向かって石を投げたり、
火炎瓶を投げたりされたのだとか。

そんなある日、ビール瓶(火炎瓶)を落とした学生本人が、
火だるまとなり、根津さんはじめ、他の学生たちは、
対処法がわからず、立ち尽くすしかなかったのですが、

群衆の中に紛れ込んでいた私服警官が、
毛布をかけて、火を消すのを見ると、
自分たちは何をやっているのだろうと思われたそうで、

1969年、根津さんは、
大学を中退(除籍という説も)されたのでした。


劇団「状況劇場」で活躍


その後、根津さんは、
唐十郎さんの劇団「状況劇場」に入団すると、

翌年の1970年には、
舞台「ジョン・シルバー/愛の乞食篇」で、
セールスマン、田口役で俳優デビュー。


「ジョン・シルバー/愛の乞食篇」より。右が根津さん。

1971年には、「少女仮面」で、
腹話術師役を演じ、高い評価を受け、

その後も、
1973年「ベンガルの虎」
1974年「唐版・風の又三郎」
などの舞台に出演。


「ベンガルの虎」より。根津さんと李麗仙さん。

根津さんは、その端正なルックスから、
「状況劇場」のシンボル的な存在となり、
絶大な人気を博したのでした。


映画、テレビドラマに出演


そんな根津さんは、
劇団「状況劇場」で活躍される一方で、
映画やテレビドラマにも出演。

1975年には、
「娘たちの四季」で、テレビドラマデビュー、
「濡れた賽の目」で、映画デビューされ、


「娘たちの四季」より。

1976年には、
「任侠外伝・玄海灘」(映画)

1977年には、
「人間の歌シリーズ 冬の運動会」(TVドラマ)
「男たちの旅路」(TVドラマ)


「男たちの旅路」より。(左から)水谷豊さん、
桃井かおりさん、根津さん。


と、立て続けに出演されます。


「黄金の日日」で大ブレイク!


さらに、1978年に、
NHK大河ドラマ「黄金の日日」で、
石川五右衛門役に抜擢されると、

若手俳優ながら、強い存在感で、
たちまち、大ブレイク!


「黄金の日日」より。根津さんと竹下景子さん。

根津さんは、石川五右衛門が実在の人物で、
釜茹での刑に処せられたことを知り、
全身全霊をかけて、撮影に挑まれたそうで、

根津さん演じる、石川五右衛門の壮絶な最期は、
今なお、多くのファンを魅了し、
ネット上でも話題となっています。


黒澤明監督映画「影武者」


こうして、「黄金の日日」で、
演劇界の枠を超えた人気を博した根津さんは、
さらなる高みを目指すため、

1979年には、劇団「状況劇場」を退団し、
活動の場をテレビ・映画へと移行。

同年、映画「その後の仁義なき戦い」では、
巨大暴力組織の激烈な内部抗争に、
翻弄される主人公を演じ、


「その後の仁義なき戦い」より。根津さんと泉谷しげるさん。

翌年の1980年には、
黒澤明監督映画「影武者」で、
武田信玄の家臣、土屋宗八郎役を演じられています。

根津さんは、新聞で、出演者を募集しているのを見て、
オーディションを受けられたそうで、

それから(オーディションを受けてから)ひと月ぐらい過ぎ、
僕が東映で工藤栄一(監督)さんの、
「その後の仁義なき戦い」を撮影している時、
合格の知らせが来たんです。

工藤さんが我が事の様に喜んでくれました。
つまり、日本映画界全体が、十年振りの黒澤映画に、
大きな期待感をもっていたという事でしょうね。

と、おっしゃっていました。


「影武者」より。仲代達矢さん(左)と根津さん。

ちなみに、この作品は、
武田信玄の影武者として生きる運命を背負わされた、
男の悲喜劇を描いているのですが、

世界中で大ヒットを記録し、
「カンヌ国際映画祭」ではグランプリを獲得。

根津さんは作品の評価に、
大きく貢献されたのでした。

映画「さらば愛しき大地」


また、1982年、
映画「さらば愛しき大地」で、
主人公、山沢幸雄役に抜擢されると、

工業化が進む農村を舞台に、最愛の息子2人を事故で亡くし、
自暴自棄になった末、愛人との二重生活を送りながら、
次第に覚せい剤に溺れていく主人公を熱演され、

「キネマ旬報賞」主演男優賞、
「日本アカデミー賞」主演男優賞を受賞。

根津さんは、演技派俳優として、
確かな地位を築かれたのでした。


「さらば愛しき大地」より。根津さんと秋吉久美子さん。


黒澤監督作品「乱」


そして、1985年には、
再び、黒澤監督作品である「乱」に、

戦国武将、一文字秀虎(仲代達矢さん)の次男、
一文字次郎正虎役で出演。


「乱」より。

この作品は、ウィリアム・シェイクスピアの悲劇、
「リア王」をベースとし、親子間の確執や、
兄弟間の争いを描いているのですが、

根津さんは、兄、一文字太郎孝虎(寺尾聰さん)の正室、
楓の方(原田美枝子さん)に短刀で殺されそうになるシーンを、

黒澤監督に何度もやり直しさせられるという、
厳しい要求にも答え、見事、
渾身の演技を披露されています。


汚れ役で新境地を開拓


以降も、根津さんは、数多くの、
映画・テレビドラマに出演されるのですが、

1993年に、
石井隆監督の映画「ヌードの夜」で、

腐れ縁の女に殺害される、
荒みきったホストクラブの支配人という、
汚れ役で新境地を開拓されると、

1994年「夜がまた来る」
1995年「GONIN」


「GONIN」より。根津さんと佐藤浩市さん。

でも、石井監督作品に、
立て続けに出演。

そして、その後も、

映画では、
1997年「不機嫌な果実」
1998年「たどんとちくわ」
2000年「死者の学園祭」
2001年「RED SHADOW 赤影」


「RED SHADOW 赤影」より。

テレビドラマでは、
1999年「恋の奇跡」
2002年「婚外恋愛」

と、円熟味を増した渋い演技で、
作品を盛り上げられるのですが・・・

2002年、突然、
俳優活動を縮小されたのでした。

「目の病気、交通事故、そして・・・」に続く



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