鴻上尚史がドラえもん?第三舞台の解散理由は?高橋一生と?

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1981年、早稲田大学在学中、劇団「第三舞台」を旗揚げし、小劇場ブームを牽引された、鴻上尚史(こうかみ しょうじ)さん。劇団「第三舞台」は、1994年の活動停止を経て、2011年に活動再開されるも、2012年1月、新作「深呼吸する惑星」をもって、解散されています。




プロフィール!


鴻上さんは、
1958年8月2日生まれ、
愛媛県新居浜市のご出身、

出身大学は、
早稲田大学法学部、

だそうです♪


劇団「第三舞台」結成


鴻上さんは、早稲田大学で、
演劇研究会に所属されていたのですが、

大学在学中の1981年、
大高洋夫さん、名越寿昭さん、
岩谷真哉さん(1984年死去)ら5名とともに、
劇団「第三舞台」を結成すると、

同年5月、サミュエル・ベケットの、
「ゴドーを待ちながら」を下敷きに、

当時流行のルービックキューブを題材にした、
「朝日のような夕日をつれて」の戯曲を書かれ、
大隈講堂裏の演劇研究会のテントで旗揚げ公演。

続く、同年10月には、
ゴーリキーの「どん底」を下敷きに、
「宇宙で眠るための方法について」を同テントで上演。

翌年の1982年5月には、
「プラスチックの白夜に踊れば」を、
大隈講堂前広場で、演劇研究会のテントを設営し上演されています。


当時の「第三舞台」。窓にいるのが鴻上さん。


「小劇場」ブームに乗って


そして、1983年には、
池袋の劇場シアターグリーン主催の、
「シアターグリーンフェスティバル」で、

「朝日のような夕日をつれて」を、
初めて劇場で上演されると、

マスコミに取り上げられたことで、
次第に注目を集めるようになっていき、

饒舌な言葉遊びに加え、
歌やギャグを交えた個性豊かな演技スタイル、
展開の早い舞台進行などが、
当時の若い観客の熱狂的な支持を集め、

チケットは即日完売、
満員御礼となる人気劇団へと成長し、
小劇場界を牽引する存在となったのでした。


活動停止と新ユニット結成


しかし、1994年には、
鴻上さん自身のイギリス留学や、
劇団員個々の活動が忙しくなり、

公演スケジュールを確保することが、
難しくなったことなどから、劇団「第三舞台」は、
10年間の活動封印(活動停止)を発表。

一方で、鴻上さんは、1999年、
演劇プロデュースユニット、
「KOKAMI@network(コウカミ・ネットワーク)」を設立。

第1回公演「ものがたり降る夜」には、
鴻上さんご自身も俳優として出演されています。

また、2008年には、
「虚構の劇団」を旗揚げされるなど、
精力的に演劇活動を続けられています。


「虚構の劇団」第2回公演「リアリティ・ショウ」より。


活動再開&解散。その理由は?


そんな鴻上さんは、2011年1月、
「第三舞台」封印の解除(活動再開)を発表するも、
早くも、同年7月、解散を発表。

同年11月~翌年2012年1月の、
「深呼吸する惑星」公演を最後に、
「第三舞台」を解散されたのでした。

鴻上さんは、
封印解除&解散に至った経緯について、

封印解除に先駆けて、
劇団員一人ひとりと話し合ったんです。

そうしたら、封印を解除する思いも、
その後、劇団を続けるかどうかの思惑も、
各自がバラバラで、これは大変だなあと。

だから一度区切りを付けた方が、いろいろと次に行きやすいし、
この公演も気持ちよくできるんじゃないかなと思いました。

と、語っておられます。

ちなみに、封印を解除せずに、
伝説として残しておいた方がいいのでは、
との声も上がっていたそうですが、

鴻上さんは、

40代後半や50代になった今でも、
言いたいこと、やりたいことはまだあると思ったので、
新作を上演してから解散。

と、考えられたのだそうです。

高橋一生と?


ところで、鴻上さんを「高橋一生」で、
多くの方が検索されているようです。

というのも、高橋さんは、
劇団「第三舞台」最後の公演となった、
新作「深呼吸する惑星」で、

たった1人の客員として、
「橘伸哉」役を演じられているのですが、

同役は、早稲田大学時代、
鴻上さんとともに「第三舞台」を旗揚げされた、
故・岩谷真哉さんをモデルにした、
とても重要な役どころなのだそうです。


(上段左から)高橋一生さん、山下裕子さん、小須田康人さん、筒井真理子さん、
(下段左から)大高洋夫さん、鴻上さん、筧利夫さん、長野里美さん。



亡き親友に捧ぐ


実は、岩谷さんは、1984年5月、
大学からバイクで帰宅途中、交通事故に遭い、
病院に運ばれるも、22歳の若さで帰らぬ人に。

「第三舞台」は、看板俳優であった岩谷さんを失ってしまい、
その死をバネに、活躍を続けてきたところもあったようで、

鴻上さんは、同公演の挨拶文でも、

僕が若い頃、共に芝居を始め、そして亡くなった男は、
いまだに苦言や皮肉を僕に語ります。

そして、死んだ人との会話が、
自分を支えていることに気づくのです。

と、亡き親友を偲んでおられたのでした。

そんな、鴻上さんほか、
劇団員の思いが詰まった重要な役を、
高橋さんは、客演ながら見事に演じきられたそうで、

鴻上さんは、同じく立ち上げメンバーの大高さんに、

「(高橋)一生は、岩谷なんだよ」

と、おっしゃっていたそうです。



さて、いかがでしたでしょうか?

2017年3月には、
国民的人気アニメ「ドラえもん」を舞台化、

また、脚本・演出以外にも、タモリ倶楽部」では、
長年、シモネタを担当されるなど、

60歳を間近にしても、
まだまだ、進み続けておられる鴻上さん。

そんな鴻上さんからは、
今後も、目が離せそうにありません!!



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