松岡充は幼少期いじめられていた!豊田和貴とはルナティックモードからの仲!

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大阪でのインディーズ時代、ヴィジュアル系ロックバンド「Lunatic Mode」「Rose-Noir」などで活動し、人気を博した松岡充(まつおか みつる)さん。1994年に「SOPHIA」を結成すると、ほどなく東京進出を果たされています。




プロフィール!


松岡さんは、1971年8月12日生まれ、
大阪府門真市のご出身です。

身長171センチ、

血液型はB型、

出身高校は、
兵庫県立高砂南高等学校卒業、

趣味は、
ゴルフ、写真、釣り、

特技は、料理、

松岡さんは、小学校1年生の時、IQテストで、
なんと、179をマークしたことがあるそうです♪


少年時代


松岡さんは、子どもの頃、
転校生だったこともあって、友達がおらず、

そのうえ、「充」という名前で、
いじめられていたことから、

自然と、植物や動物に関心がいくようになり、
毎朝、「アブラゼミの木」「カエルの死体」など、
コースを決め、それぞれに挨拶をしながら、
登校されていたのだそうです。

そんなある日、松岡さんは、
親戚の犬を散歩させていると、

兵庫県加西市にある病院の裏の草むらで、
犬がうなったため覗いてみると、

5~60センチ位の緑色で人の形をした、
今まで見たことのない生物が、
横走で逃げていくのを見たそうで、

家に帰って、昆虫図鑑で調べたものの、
どこにも載っていなかったことから、
松岡さんは、この生き物を「妖精」と断定したそうです♪

ちなみに、松岡さんは、子どもの頃、
計4回も妖精らしき生き物を見たそうで、

この時から、何かしら人とは違う感性を、
お持ちだったのかもしれませんね。


野球少年からバンド少年へ


そんな松岡さんも、中学生になると、
小学校時代とは打って変わり、
野球に夢中になり、野球部に入部。

そして、高校進学後も、
野球部に入部されたそうですが、

先輩との確執や、ご自身が、
ケガをされたことをきっかけに、
野球部を中途退部。

その後は、グレ始めるのですが、
バンド活動をしていたクラスメイトから、

「ケンカの時の声が大きいから」

という理由でヴォーカルに誘われ、
音楽の世界に入られたのでした。


卒業アルバムの松岡さん。
今とあんまり変わりませんね~


「Lunatic Mode」で活動、豊田和貴との出会い


そして、高校卒業後は、
音楽の専門学校に入学され、

「CRISIS DOLLS」というバンドで、
活動されていたようですが、

バンド「SINDY」のヴォーカル雅さんが、
脱退したことにより、松岡さんが代わりに、
ヴォーカルとして加入。

その後、松岡さんは、バンド名を、
「Lunatic Mode(ルナティック・モード)」と改名すると、

ご自身は「神已(カムイ)」と名乗って、
バンド活動を展開。


「Lunatic Mode」

その後、雅さんが新たに結成したバンド、
「NER-vous(ナーヴァス)」から、
ギターの豊田和貴さんを引き抜かれています。

ちなみに、当時のバンドシーンはロック色が強く、
コワモテのメンバーが多かったのですが、

「Lunatic Mode」はポップなメロディながら、
憂いを帯びた歌詞とヴォーカルで、
異色のバンドとして注目を集めるのですが、
1993年頃、解散しています。


「Rose-Noir」で活動&解散


「Lunatic Mode」解散後は、1993年2月、
豊田さんとともに、ヴィジュアル系バンド、
「Rose-Noir(ロゼノアール)」を結成。

2ヶ月後の4月には、名古屋や関東にも進出し、
月5回の割合で、精力的にライブ活動を行われるのですが、

音楽性の違いから、約1年ほどで解散。

当時、大阪の西九条にあった「ヤンタ鹿鳴館」の、
解散ライブ(ラストライブ)のチケットは、
即完売となったのでした。


「SOPHIA」結成


そして、1994年2月、
松岡さんは、同じ専門学校の同級生で、
違うジャンルのバンドで活動されていた、
キーボードの都啓一さんを誘い、

豊田さん、都さんとともに、
新バンド「SOPHIA(ソフィア)」を結成。

さらに、6月には、別のバンドで活動されていた、
ベースの黒柳能生さんと、ドラムの赤松芳朋さんが加わり、
東京進出を目指されたのでした。

「~河村隆一との出会い~東京進出~獅子に翼~」に続く



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