寿美花代の年齢は?松平家?昔は宝塚の男役!夫は高島忠夫!

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1948年、「宝塚歌劇団」第35期生となられると、男役トップスターとして人気を博した、寿美花代(すみ はなよ)さん。華麗な舞台で戦後の人々を魅了し、連日、満員御礼となるなど、宝塚に多大な貢献をされたのですが、1963年、俳優の高島忠夫さんとの結婚をきっかけに、宝塚を退団されています。




プロフィール!


寿美さんは、1932年2月6日生まれ、
兵庫県西宮市のご出身です。

身長162センチ、

靴のサイズは23.5センチ、

血液型はAB型、

出身高校は、
芦屋高等女学校
(現在の芦屋学園中学校・高等学校)、

趣味は、
海外旅行、絵を描くこと、

本名は、
高嶋節子(たかしま せつこ)、

旧姓は、「松平」で、
松平定信(徳川吉宗の孫)の末裔だそうです!


勉強嫌いで宝塚音楽学校に


寿美さんは、戦争中、岐阜県に疎開されており、
終戦後、実家のある西宮に戻られるのですが、

勉強についていけなかったことから、
勉強が嫌になり、何か、
遊んで暮らせることはないかと思案。

そんな折、新聞の「寳塚生徒募集」
という小さな広告が目に入ったそうで、

あ、これだ!これなら遊んで暮らせる。

と、思われたことから、

1947年、「宝塚音楽学校」を受験されると、
見事合格されたのでした。

ろうそくの炎でバレエの練習


こうして、めでたく、
「宝塚音楽学校」に入学された寿美さんですが、

他の生徒たちは、
日舞の先生の娘だったり、
ダンスの先生の娘だったりと、

ダンスや歌の下地のある人が多かった中、
寿美さんはまったくの素人だったことから、

ある日、日舞の稽古で、
先生から手ぬぐいを持ってくるように言われ、

それなら、うちにある、
一番良い手ぬぐいを持っていこうと、

ヒラヒラと飾りのついたバスタオルを、
持って行かれたのですが、先生は激怒。

寿美さんは罰として、
1時間立たされたのだとか。

また、寿美さんは、終電まで一人で残り、
バレエの練習をされていたそうですが、

戦争の影響がまだ尾を引いていた時代、
部屋の電気をつけられなかったことから、
ろうそくの炎だけで練習されており、

そのことが、何より一番辛かったと、
後に語っておられます。


スターの代役がきっかけでスターダムへ


そんな努力が実り、翌年の1948年には、
「宝塚歌劇団」に入団され、「春のをどり」で初舞台。

そして、1951年には、
舞台「蜜蜂の冒険」で、突然、
スター女優の代役に抜擢されるという、
幸運に恵まれます。

というのも、この舞台には、
3人のスターがいたのですが、

そのうちの1人が風邪で休まれ、
その方の代役が決まっていたものの、
顔が大きく、かつらが入らなかったことから、

急遽、寿美さんのいた、
ラインダンスのメンバーが並ばされ、

一人づつかつらをかぶらされていったところ、
寿美さんがぴったりだったのでした。


新珠三千代さんと寿美さん。

それで、寿美さんは、スターの代役として、
前の列でダンスを披露されると、注目を集め、

翌年の1952年には、
「猿飛佐助」で初の主演に抜擢されると、
ブロマイドの売上1位を記録するほどの人気者に。

また、1953年には、
「アンニー・ローリー」で、「宝塚新人演技賞」を受賞、

1958年には、「三つのワルツ」で、
淀かおるさん、大路三千緒さんとともに、
「芸術祭奨励賞(大衆芸能の部)」を受賞されるなど、
人気実力ともに認められていったのでした。


当時の寿美さん


「パイナップルの女王」では脚線美を披露


その後も、
寿美さんの活躍は衰えることなく、

1960年には、「華麗なる千拍子」で、
ジャズを見事に歌い上げられ、
「芸術祭賞」「テアトロン賞」を受賞。

ちなみに、寿美さんは、
ジャズのリズムの取り方を勉強するため、

当時、ジャズ歌手として人気を博していた、
江利チエミさんの楽屋を、何の面識もないのに、
訪ねられたというエピソードがあり、
とても努力家だったことがうかがえます。

そして、1961年には、
「パイナップルの女王」で、

それまでの男役から一転、
網タイツ姿の脚線美を披露されると、

舞台は連日満員御礼になるなど、
寿美さんの人気は絶頂を極めたのでした。


「パイナップルの女王」より。


結婚


そんな寿美さんは、1963年、
俳優の高島忠夫さんと結婚されているのですが、

ずっと男役だった寿美さんが、
娘役で出演されたミュージカルに、
(おそらく「パイナップルの女王」だと思われます)

高島さんが、最初のゲストとして、
出演されたことで、知り合われると、

寿美さんの方から猛アタック。

寿美さんから、高島さんをオペラに誘われ、
お二人で観に行かれると、

途中でお腹が空き、劇場を出られるなど、
寿美さん主導のデートだったそうで、

劇場を出られると、
そのまま食事に行かれ、その帰りには、

「お給料いくらもらってるんですか?」
「住んでる所は持ち家ですか?」
「隠し女はいますか?」

などなど、高島さんに、
直球の質問をぶつけられたそうですが、

寿美さんワールド全開の中、高島さんが、
それらの質問を全てクリアされたそうで、
寿美さんは結婚したいと思うようになり、

その後、2年の交際の末、
結婚に至ったのだとか。

ちなみに、寿美さんにとって、
高島さんは初恋の人だったそうで、

宝塚の劇も顔負けの、
ロマンティックな結婚をされたのでした♪


高島忠夫さんと寿美さん。

宝塚退団、出産するも・・・


そして、1963年、寿美さんは、
高島さんと結婚するため、

舞台「タカラジェンヌに栄光あれ」
を最後に、宝塚歌劇団を退団。

翌年の1964年には、男の子、道夫くんを出産し、
幸せいっぱいの日々を送られていたのですが、
まさかの悲劇に・・・

「~長男が殺害される~犯人は?~」に続く



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