徳光和夫の年齢は?病気だった!妻は?息子は?

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日本テレビに入社すると、1969年「NTV紅白歌のベストテン」の総合司会で人気を博し、その後、「ズームイン!!朝!」で朝の顔となられた、徳光和夫(とくみつ かずお)さん。1989年にはフリーとなられ、「クイズダービー」「世界ウルルン滞在記」「速報!歌の大辞テン」など、徳光さんを見ない日はないほど引っ張りだことなられています。




プロフィール!


徳光さんは、1941年3月3日生まれ、
(戸籍上は3月10日生まれ)
東京都目黒区のご出身です。

身長163センチ
(164.5センチともいわれています)

血液型はB型、

出身大学は、
立教大学社会学部、

趣味は、
プロ野球観戦(特に読売ジャイアンツの熱狂的なファン)
駅伝観戦、音楽鑑賞、落語鑑賞、

だそうです。


長嶋茂雄のファンから放送研究会に


徳光さんは、子どもの頃、プロ野球が好きで、
西鉄ライオンズ、特に大下弘さんのファンだったそうですが、

高校生の時、当時大学生だった長嶋茂雄さんが、
東京六大学野球新記録となる本塁打を放ち、
嬉しさから小躍りして仲間と一緒にベースを回る姿を見て
感動されたそうで、

「人生の全てを長嶋茂雄に捧げよう」

と決意されたのだとか。



そこで、徳光さんは、
長嶋さんのいた立教大学の全学部を受験されると、
かろうじて社会学部に補欠で合格。

そして、大学では、

「長嶋さんが居た神宮球場で過ごしたい」

との思いから、応援団に入られたのですが、

ほとんどグラウンドに背を向けての活動で、
試合を見られないことに不満を感じていたところ、

「放送研究会」の部員が、スタンド最前列で、
テープレコーダーを持って取材などをしているのを見て、
楽しそうだと思い、「放送研究会」に入部されたのでした。

日本テレビの人気アナウンサーに


こうして、大学生活を過ごした徳光さんですが、
大学4年生のとき、就職に悩み、同期の土居まさるさん
(元フリーアナウンサー、1999年に死去)に相談すると、

「お前、アナウンサーになればいいじゃないか」

と、言われたそうで、

1963年、日本テレビに入社。

(ただ、熱狂的な(長嶋さんが入団された)巨人ファンだったため、
 プロ野球中継の担当にはなれず、プロレス中継を中心に担当されています(笑))

そして、1969年10月からは、
「NTV紅白歌のベストテン」の総合司会に抜擢されると、
(この番組は1981年まで続く長寿番組となっています。)



1974年10月~1977年9月、
「新・底ぬけ脱線ゲーム」

1977年10月~1978年9月
「ハテナ?ドンぴしゃ!」

など、次々とゲームやクイズ番組の司会を担当。

さらに、1979年3月からは、朝の情報番組、
「ズームイン!!朝!」の司会を9年間担当され、
朝の顔としてお茶の間の人気者となられたのでした。



その後は、1988年4月から、
「NNNニュースプラス1」のメインキャスターを務められた後、
1989年に日本テレビを退社。以降、フリーとなられています。

バラエティ、クイズ番組のメイン司会者に


フリーとなられた徳光さんは、

1990年「クイズダービー」
     「徳光のTVコロンブス」

     (→1995年「徳光和夫の情報スピリッツ」)
1993年「夜も一生けんめい。」
     (→1994年「夜もヒッパレ一生けんめい」)
     「ウェディングベル」


「クイズダービー」の収録後、前司会者の大橋巨泉さんと握手する徳光さん。
(左から)北野大さん、井森美幸さん、徳光さん、巨泉さん、竹下景子さん、はらたいらさん。


1995年「世界ウルルン滞在記」
     (→2008年「世界ウルルン滞在記2008」)
     「速報!歌の大辞テン」
1996年「The・サンデー」
     (→2008年「ザ・サンデーNEXT」)
2004年「幸せって何だっけ ~カズカズの宝話~」
2006年「徳光和夫の感動再会”逢いたい”」


「徳光和夫の感動再会”逢いたい”」より。
(左から)安東弘樹アナ、天野ひろゆきさん、徳光さん、加藤晴彦さん。


などで、メイン司会を担当。

また、2010年夏には、自身初のラジオの生放送番組、
「徳光和夫 とくモリ!歌謡サタデー」がスタートし、
6時間という長丁場を見事に取り仕切られています。

(その後、2011年4月9日から5時間20分 ⇒ 2015年10月6日から5時間50分
 ⇒ 2015年5月から3時間 ⇒ 2015年4月から2時間40分と変更されています。)

ただ、2011年になると、
地上波のレギュラー番組を全て降板され、

1978年から続いた「24時間テレビ」の総合司会も退かれるなど、
仕事を減らされているようですが、「24時間テレビ」では、
チャリティーマラソンに挑戦。

2012年には、チャリティーマラソンのスタート時に、
長嶋茂雄さんがサプライズゲスト兼スターターとして登場すると、
号泣され、見事翌日にゴールされています。


長嶋さんが登場し、号泣する徳光さん。

そして、現在も、BS番組やラジオ「徳光和夫 とくモリ!歌謡サタデー」
ゲスト出演、特別番組、「AKB48選抜総選挙」の司会、
CM出演等で活動を続けられ、

2016年には、「日本レコードマネジメント」の、
40周年記念式典の司会も務められています。


病気?


ところで、徳光さんを、「病気」で、
多くの方が検索されているようです。

調べてみると、徳光さんは、2001年、60歳の時、
「急性心筋梗塞」で倒れ、入院されたことがあるそうで、

徳光さんによると、ゴルフに誘われていたため、
その日は奥さんと一緒にホテルに泊まっていたそうなのですが、
突然具合が悪くなり、奥さんとともに病院へ。

すると、救急車でさらに別の大きい病院に搬送されたそうで、
徳光さんはその時のことを振り返り、

でも元気なんですけどね。
(救急隊が)『首都高速入れ!』って言っている時に、
『心筋梗塞じゃないんですか?』と言ったり。
でも笑いも起こらなかった。

と、冗談を交えて明かされています。

そして、病院の検査の結果、
心臓の冠状動脈が完全に詰まっていたそうで、

すでに発作から16時間経過していたため、
その後、3日間をICU(集中治療室)で、
24時間体制の治療が行われたそうです。

あと少しでも治療が遅れていたら、
死亡していた可能性が高かったそうで、

徳光さんは、

かみさんがいなかったら僕、死んでいたでしょうね。

発症から16時間ですから。
そのまま救急車に乗せられて病院へ運ばれたら、
たまたま同じカテーテル手術をしたばかりのスタッフが、
そのまま(手術を)やってくれた。運とかありますよね。

と、幸運が重なって一命をとりとめられたことを、
感謝されていました。

ちなみに、当時の徳光さんは、
週6本のレギュラーを持っていて、
休みはなく、睡眠時間は4~5時間、
タバコは1日80本で、
食事は魚介類の肝や卵、天ぷらなど、
カロリーの高いものばかりを食べていたのだとか。

しかし、その後は禁煙に取り組むなど、
健康に気を遣うようになり、見事回復されています。

妻は?


そんな徳光さんはの奥さんは、
一般女性で、「早苗」さんというそうです。

いつ頃結婚されたかなど、
詳しいことはわかりませんでしたが、

奥さんと一緒にゴルフをされているようなので、
仲は良さそうですね♪


息子は?


そして、お二人の間には、
娘さん1人と、息子さん2人がおられ、

次男の徳光正行(とくみつ まさゆき)さんは、
キャスター、タレントとして活動中。

現在は特に、タレントとして、
バラエティ番組に出演されています。

ちなみに、長男と長女は、情報がないことから、
一般のお仕事をされているようです。


(左から)徳光正行さん、元嫁の田野辺実鈴アナ、徳光さん。

さて、いかがでしたでしょうか?

いつもニコニコと、
穏やかな表情が印象的な徳光さんですが、

高校の時に長嶋さんに憧れて以来、
長嶋さん目指して、大学進学、就職と進み、
ついには、長嶋さんと絡めるようになったほか、
それにともない、仕事もトントン拍子。

「笑う門には福来る」とは、
徳光さんのような生き方を言うんでしょうね。

70代も後半に差し掛かっていますが、お体には気をつけて、
これからも、軽快なトーク聞かせてほしいものです♪



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