北野誠の若い頃は落語家を目指していた!昔は漫才も!島田紳助と?

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大学在学中、漫才コンビ「紳助竜介」の漫才を見て感銘を受け、高校の同級生3人で漫才トリオ「土着民SMショー」を結成し活動していた、北野誠(きたの まこと)さんは、その後、メンバーが1人抜け、コンビ「誠&がっしゃん」として活動を続けられると、参加したバラエティ番組「ABCヤングプラザ」で、司会の島田紳助さんからプロ入りを勧められ、芸能界に入られます。




プロフィール!


北野さんは、1959年1月25日生まれ、
大阪府大阪市城東区(現・鶴見区)のご出身です。

身長171センチ、
体重63キロ、

胸囲104センチ、
胴囲80センチ、

靴のサイズは25.5センチ、

血液型はA型、

出身大学は、
京都産業大学経営学部、

趣味は、
格闘技観戦、競馬、車、
映画鑑賞、ボクシング、

だそうです。


落語で才能を発揮


北野さんは、中学3年生のとき、
ラジオ番組「ABCヤングリクエスト」を聴きながら、
高校受験の勉強をしていたそうですが、

その中の落語のコーナー、
「ABCミッドナイト寄席」に夢中になり、

登場人物を学校の先生に当てはめて、モノマネをしながら、
落語の演目「狸賽(たぬさい)」を全校生徒の前で披露すると、
生徒たちを爆笑の渦に巻き込んだそうで、

これをきっかけに、
落語家になる決意を固めたそうです。

そして、高校進学後、ラジオ番組、
「ヒットでヒット バチョンといこう!」内の、

笑福亭仁鶴さんがパーソナリティーを務めていた、
「バチョン落語大学」で、演目「青菜」を演じられると、
見事「真打ち」(落語における最上位)を獲得。

その後、大学入学後も、
落語サークル「落語長屋」に入会するのですが、

そこでは、上下関係から自由な落語が演じられなかったうえに、
九州出身の先輩部員に大阪弁の発音をけなされたことで、
腹を立て、退会してしまいます。


漫才トリオ「土着民SMショー」で活動


以来、北野さんは、落語への情熱が失せてしまい、
大学卒業間近になっても、将来の展望を描けないでいたのですが、

人気漫才コンビ「紳助竜介」の漫才を見て感銘を受けると、
高校の同級生3人で漫才トリオ「土着民SMショー」を結成。


「紳助竜介」

北野さんは、数々のイベント情報誌に、
出演をお願いする電話を片っ端からかけられ、

どんな舞台でも立てるように、
ギターを片手に音楽とコントの両形式でされ、
ライブハウスでも活動されたのでした。

(ちなみに、この時期、偶然ライブを見られた俳優の故・城達也さんに、
 お笑いを褒められたことが、大きな自信となったそうです。
 ただ、音楽要素に関する称賛はなかったのだとか(笑))


島田紳助からプロ入りを勧められる


その後、メンバーが一人抜けたことで、北野さんは、
残った東野博昭さんと2人で、漫才コンビ「誠&がっしゃん」
(北野さんがツッコミ、東野さんがボケ)を結成すると、
アマチュア漫才コンビとして活動。

バラエティ番組「ABCヤングプラザ」の、
素人参加企画に参加された際には、

司会を務めていた「紳助竜介」島田紳助さんに、
プロ入りを勧められるぐらいセンスがあったようで、

1980年「素人お笑い選手権」で準優勝されると、
芸能界入りを決意。

ただ、相方の東野さんが将来に不安を感じ、
脱退を申し出られたことでコンビは解散してしまったのでした。

(ちなみに、東野さんは、いったんは教師になられたそうですが、
 お笑いの夢が捨てきれず、その後、構成作家になられています。)


吉本に入る予定だった


こうして、ピン芸人となられた北野さんは、
大学卒業後、弟子入りするための師匠を求めて、
「吉本興業」所属の前田五郎さんの元に出向くのですが、

応対した前田さんの弟子のガラが悪かったそうで、
入門後、また、大学の時のような「先輩後輩」
の関係になるのを危惧し、弟子になるのはやめることに。

結局、養成所が整っていて、仕事さえ取ってくれば、
すぐにでも活動できる、「松竹芸能」に入られたのでした。


ピン芸人「MAKOTO」からコンとユニット「ギャグ性感隊」へ


そして、「松竹芸能」では、
「MAKOTO」名義で活動を始めるのですが、

この頃、「吉本興業」が絶大な人気を誇っていたことから、
活動は思ったようにうまくいきません。

そのうえ、1980年当時、タレントや芸人になるには、
必ず、師匠となる芸人に師事し、門下生となり、
付き人をしながら芸を学習する徒弟制度が通例だったのですが、

学生タレントだった北野さんは、弟子入りの機会を逃してしまい、
特定の師匠の指導を受けずに活動していたことから、
業界の慣例が分からず、孤立していきます。

そこで、北野さんは、この状況から脱却するため、
1982年、桂小春さん(現在は3代目桂小春団治さん)、
笑福亭枝鶴さんとともに、コントユニット「ギャグ性感隊」を結成。
新たな一歩を踏み出されたのでした。

「ナイトスクープの探偵だった!誠のサイキック青年団?」に続く



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