仲本工事の本名は?年齢は?ザ・ドリフターズで体操?

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大学在学中に、ジェリー藤尾さん率いるジャズ・バンド「パップ・コーンズ」のメンバーとして活動し、その後、同バンドのメンバーだった高木ブーさんに誘われ、「碇矢長一とザ・ドリフターズ」に加入された、仲本工事(なかもと こうじ)さん。当初は純粋に音楽をやりたかったのですが、バンドの方針からコメディ路線へと変更すると、1969年、「ザ・ドリフターズ」主演のバラエティ場組「8時だョ!全員集合」が爆発的な人気を博し、仲本さんも一躍人気者となられます。




プロフィール!


仲本さんは、1941年7月5日生まれ、
東京府東京市渋谷区(現在の東京都渋谷区)のご出身です。

身長160センチ、
体重66.5キロ、

血液型はA型、

学歴は、
学習院大学政治経済学部卒業、

趣味・特技は、
ゴルフ、

本名は、
仲本興喜(なかもと こうき)さん、

だそうです。


体操が得意だった少年時代


仲本さんは、将来、弁護士を志望するほど、
中学、高校と成績優秀で、

そのうえ、体操選手としても、
東京都大会の新人戦で個人総合4位の成績を残すほど、
活躍されていたのですが、

大学進学後は、体操部がなかったことから、
仕方なく音楽の道に入られます。

すると、もともとの器用さから、
独学でギターをマスターされ、

大学在学中に、ジェリー藤尾さん率いるジャズ・バンド、
「パップ・コーンズ」のセカンドシンガーのオーディションに合格。
アルバイトとしてバンド活動を始められています。

(この時、バンジョー奏者だった高木ブーさんと知り合われています。)


内定を蹴って「碇矢長一とザ・ドリフターズ」に加入


そんな折、仲本さんは、高木さんに、いかりや長介さん率いるバンド、
「碇矢長一とザ・ドリフターズ」に入らないかと誘われます。

しかし、仲本さんは、すでに、
東京商工会議所に内定をもらっていたこともあり、
内定を蹴ってまで音楽の道に進むことに、お父さんが猛反対。

そこで、いかりやさんが連日、
家にお父さんを説得にこられたそうで、

仲本さんは、当時を振り返り、

いかりやさんが新しくバンドを作る時、
当時のバンド仲間のブーちゃん(高木ブーさん)が、
ギタリストとして僕をいかりやさんに推してくれたんです。

親父は、「大学まで出したのに、
先のわからない音楽なんてやらせられない」と猛反対。

連日いかりやさんが家に来て、
「俺が絶対に工事の責任を持つから。絶対に辞めさせないから。
工事が辞める時は俺が辞める時だから!」

そう言って親父を説得してくれました。
で、責任取らないうちに死んじゃったからねぇ・・・

と、明かされています。


(左から)高木ブーさん、荒井注さん、いかりやさん、
加藤茶さん、仲本工事さん。


ちなみに、いかりやさんは、その頃、「碇矢長一とザ・ドリフターズ」
の主要メンバー4名がクーデターを起こし、脱退してしまったことで、
新たなメンバー探しに奔走されており、まずは、高木さんをスカウト。

その高木さんが、仲本さんか、ハワイアンバンドのメンバーである、
青木健さんのどちらをドリフに誘うべきか迷ったそうですが、

いかりやさんが、早急にメンバー補充を求めていたことから、
すぐに連絡がつき、かつ、対バンしたこともあった仲本さんを、
誘うことにしたのだそうです。

音楽活動を希望するもお笑いへ


こうして、お父さんの許しを得た仲本さんは、
いかりやさん、高木さん、加藤茶さん、荒井注さんとともに、
「ザ・ドリフターズ」「碇矢長一とザ・ドリフターズ」から改称)
として1965年から活動をスタート。

翌年の1966年には、
ビートルズ初来日公演の前座に参加し、

仲本さんのリードヴォーカルで、「ロング・トール・サリー」
(邦題:「のっぽのサリー」)を演奏されます。



ただ、次第に、いかりやさんの方針で、純粋な音楽バンドではなく、
コミックバンドとして活動することが多くなっていったそうで、

仲本さんは、後にインタビューで、

僕は音楽がやりたくてドリフターズに入ったんだよ。
それなのに、コメディの方にいっちゃうんだもん(笑)。

僕が入るとき、いかりや(長介)さんは
「ギターが病気で抜けるから、代わりに入ってくれないか?」
って誘ってくれたのに。

と、明かされています。

(仲本さんはギターのほか、作曲も担当しておられたそうです。)

「8時だョ!全員集合」


そして、1969年、「ザ・ドリフターズ」主演の、
バラエティ番組「8時だョ!全員集合」がスタートすると、

初めこそ、視聴率が伸び悩んだものの、
いかりやさんが徹底した本物の笑いを追求し、
本格的にコントに挑まれたことで、
「8時だョ!全員集合」は、大人気番組へと成長。

相変わらず、仲本さんは、

「俺はお笑いじゃないのになぁ」

と、思いながらやっておられたそうですが、

毎週、次から次へと覚えることがたくさんあり、
そのうえ、練習が大変だったそうで、

辞めて、違うバンドに移ろうかと、
考える暇さえなかったのだとか。

そんな中、仲本さんは、持ち前の運動神経を活かして、
体操コーナーのコントを担当し、
その日のゲストを想定してギャグを作られたり、

(ゲストにケガをさせないように、細心の注意を払われたそうですが、
 そんな中で、唯一ケガをしたのが高木さんだったそうです(笑))

コントやパロディでは、

「要領のいい、リーダーに媚を売る役」

「内心、何を考えているのか分からない役柄」

を多く演じられ、すべてのメンバーに合わせられる柔軟性を発揮。
グループの中枢を支えられたのですが・・・

そんなある日、
仲本さんは事件を起こしてしまいます。

「嫁は歌手!元妻は?現在は居酒屋を経営?」に続く



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