高木ブーの現在はウクレレ三昧!娘と同居?嫁は?雷様でブレイク!

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1969年にスタートした「ザ・ドリフターズ」主演のバラエティ番組「8時だョ!全員集合」が人気番組に成長し、すっかりお茶の間の人気者になられた、高木ブー(たかぎ ブー)さんは、1985年に「8時だョ!全員集合」が放送終了するも、月1回放送の「ドリフ大爆笑」「長介・工事・ブー おなじみ雷様」がスタートすると、ゆるキャラの雷様でブレイク!以降、角の生えた緑色のアフロヘア、緑色の全身タイツ、胸まで上げた虎柄のショートパンツは、高木さんのトレードマークとなったのでした。





「若い頃はヤセていた!年齢は?身長は?ウクレレ奏者だった!」からの続き

「8時だョ!全員集合」


「ザ・ドリフターズ」加入後は、ウクレレからギターに転向し、
様々なジャズ喫茶で演奏された高木さんですが、

次第に、「ザ・ドリフターズ」は、
いかりや長介さんの方針で、コメディ色の強いバンドとなり、

1969年には、「ザ・ドリフターズ」主演の、
バラエティ番組「8時だョ!全員集合」がスタート。

初めこそ、視聴率は伸び悩んだものの、
いかりやさんの5人の個性を引き出した巧みな演出が功を奏し、

やがて「8時だョ!全員集合」は、
平均視聴率が30%を超える、超人気番組へと成長します。


「8時だョ!全員集合」のオープニング。(左から)いかりや長介さん、
加藤茶さん、仲本工事さん、高木さん、志村けんさん。


ただ、その裏では、土曜の夜の生放送に向けて、
木曜日の15時から0時まで翌週土曜日のコントを作り、

金曜日にスタジオで本番の立ち稽古をして、
土曜日に本番を迎えると、日曜日から水曜日は地方巡業と、
超ハードスケジュールをこなされていたうえ、

いかりやさんの稽古は厳しく、高木さんは、
いかりやさんと一番年が近かったせいか、いつも怒られ役で、
ミスした人の中で、いつも決まって高木さんだけが、

「ブー、何やってるんだ。バカヤロー!」

と、大きな声で怒鳴られ、

ときには、高木さんが全く関わっていない他の人のミスで、
高木さんが怒られることもがあったのだとか。

ただ、高木さんは、
後年、そのことについて、

裏方さんだって、セットを作ってくれる人なんて、
棟梁みたいな人がやってくれている。みんな、それぞれの長ですよ。
個性が強いし、いろいろうまくいかないこともある。

だからこそ長さんは、だらけた雰囲気を引き締めるために、
タイミングを見計らって怒るんですよ。ワザと。

でも今考えれば、あれはあってよかったと思う。
やはり、上に立つ人としてはね。てっぺんなんだからさ。

実際、小さなミスが危険につながることがあるんだから。
僕自身、ケガをしたこともあるし。

と、理解を示されています。

実は、土曜日の生放送が終わると、
みんなが帰ってしまう中、高木さんだけが飲みに誘われ、
いかりやさんの愚痴を聞かされていたそうですが、

そんな高木さんの包容力に、いかりやさんも、
安心して愚痴がこぼせたのでしょうね♪

雷様で人気


高木さんは、その後も、

こうなったらどうにでもなれ。行けるところまで流されて行こう。
そのうちどこかに流れ着くだろう。

との気持ちで、一心に、
番組に打ち込んでおられたそうですが、

そんな「8時だョ!全員集合」も、
時代の流れからか、1985年に放送が終了。
「ザ・ドリフターズ」自体は解散していません)

高木さんは、劇作家の別役実さんから声をかけられ、
別役さんの舞台に複数出演するようになるのですが、

特に子どもたちに人気があった、
志村けんさんと加藤茶さんが、2人で、
「加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ」
をスタートされたことから、


「加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ」より。
加藤ちゃんさんと志村けんさん。


残った、高木さん、いかりやさん、仲本工事さんは、
月1回放送していた「火曜ワイドスペシャルドリフ大爆笑」内で、
新コーナー「長介・工事・ブー おなじみ雷様」をスタート。

すると、ゆるキャラだった高木さんは、
たちまちブレイク!

このコントは、3人の雷様が、
雲の上(ドライアイスを焚いた長椅子)に座って何気ない会話をし、
最後に、いかりやさんと仲本さんが立ち去ると、決まって、
高木さんがずっこける(時々雷が落ちる)というものなのですが、

実は、このコントは、

「高木さんに喋らせよう」

というのがテーマだったそうで、

コントの中のまったりした話は、
高木さんの本心だったのだとか。

以降、ツノ付き、緑色のアフロヘア、
緑色の全身タイツ、虎柄のショートパンツは、
高木さんのトレードマークとなったのでした。



ちなみに、1999年に放送がスタートした、
NHK教育テレビ「趣味悠々 高木ブーの今すぐ始めるウクレレ」でも、
高木さんは、雷様の姿で講師をされたことがありました♪

嫁は?


そんな高木さんの、
気になるプライベートですが、

高木さんは、1962年、
喜代子さんという一般女性と結婚されています。



お二人はダンスパーティーで知り合われ、
交際に発展したそうで、結婚後は、
バンドだけでは食べていけなかった高木さんに代わり、
奥さんが洋裁で家計を支えられたそうです。

(高木さんも、奥さんから洋裁を習っていたそうで、
 そのため、今でもズボンの裾上げならできるのだとか)

しかし、喜代子さんは、1994年、
58歳という若さで「脳腫瘍」で他界。

発見された時には既に手遅れで、余命5年と言われ、
実際には2年で亡くなったそうです。

ちなみに、最愛の奥さんを亡くした、
高木さんの悲嘆は相当なものだったそうで、

それ以来、奥さんを助けてくれなかった神を、
一切信じることができなくなってしまったそうです。


娘と同居


ところで、そんな高木さんと奥さんとの間には、
かおるさんという一人の娘さんがいます。

かおるさんは、大手広告代理店で社員として働きながら、
タレント活動をされており、現在も、
時々、高木さんと共演されているのですが、
(現在も会社勤めされているのは分かりませんでした)

高木さんは、奥さんを亡くされて以来、
寂しさのあまり、かおるさんが結婚で家を出ていくのが耐え難く、
一緒に住んでくれる人をかおるさんの結婚相手の条件にしておられたそうで、

2002年、かおるさんが結婚されると、
見事、その望みが叶い、娘夫婦と同居を実現。

現在は、お孫さんも交え、
4人で暮らされているそうです。

ちなみに、高木さんにとって、かおるさんは、
奥さんの代わりのような存在だそうで、
奥さんが亡くなってからは一度も再婚されず、
独身を貫いておられます。


かおるさんと高木さん♪

さて、いかがでしたでしょうか?

現在もウクレレ奏者として活動し、2015年には82歳にして、
CD「Life is Boo-tiful」をリリースされた高木さん。

ウクレレ教室もお持ちで、初心者の方を対象に、
ウクレレを教えておられるとのことですが、

高木さんいわく、ウクレレを弾くと、
癒やされるのだとか♪

お体には気をつけて、これからも、
素敵な音色を聴かせてほしいですね。

応援しています!!



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