杉田かおるの現在は?昔は天才子役!チー坊?鳥の詩がヒット!

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弱冠7歳の時に、「パパと呼ばないで」でテレビドラマデビューされると、たちまち人気を博し、天才子役の名をほしいままにした、杉田かおる(すぎた かおる)さん。また、15歳の時には、「3年B組金八先生」で妊娠する女子中学生役を演じられるなど、その後も順調な芸能生活を送られたのですが、その裏では、度重なる借金を背負っていたことを、後に明かされています。




年齢は?学歴は?


杉田さんは、1964年11月27日生まれ、
東京都新宿区のご出身、

身長157センチ、

血液型はB型、

学歴は、明星学園高等学校中退後、
日本放送協会学園高等学校(NHK学園高等学校)卒業、

趣味は、無農薬野菜づくり、

だそうです。


昔は天才子役だった!


杉田さんは、幼稚園の頃、ちょっと引っ込み思案で、
泣かされるような子どもだったことから、

対人関係の改善にと、お母さんの勧めで、
劇団「若草」に入団され、そこで、
ピアノ、歌、踊りを習われると、

1972年、6歳の時には、
舞台「春の坂道」で子役デビュー。

翌年の1973年、7歳の時には、
テレビドラマ「パパと呼ばないで」で、
石立鉄男さんとの共演に抜擢され、

石立さんと本物の親子のような情を結ぶ女の子、
「チー坊」役を演じると、その見事な演技で、
「天才子役」と呼ばれ、たちまち人気者になったのでした。


「パパと呼ばないで」より。石立鉄男さんと杉田さん。

(ただ、杉田さんいわく、歌もお芝居もあまり得意ではなく、
 デビューまでは、何度もミュージカルのオーディションに落ちたそうです)


13歳で300万円の借金


そして、その後も、杉田さんは、

1973年「雑居時代」
1974年「ボクは恋人」
1974年~1975年「ウルトラマンレオ」
1975年「鎌倉はるなつ」
1976年「水戸黄門」


「雑居時代」より。(左から)大原麗子さん、
杉田さん、石立鉄男さん。


など、次々とテレビドラマに出演されると、

1976年、12歳の時には、早くも、
子役からの脱皮を模索して、個人事務所を設立し、
アイドル路線へと変更されたのですが、
思うように売れず、わずか一年で事務所は倒産。

なんと、杉田さんは13歳にして、
借金300万円を背負ってしまったのでした。


「3年B組金八先生」で脚光を浴びる


しかし、都内の喫茶店で、
とある大手芸能プロダクションの社長から、

うちは売れているタレントを抱えているから、
君に投資する余裕があるよ。

と、声をかけてもらうと、

借金も立て替えてもらえるという好待遇で、
新事務所に入所。

すると、1979年には、「3年B組金八先生」で、
妊娠する中学生の役に抜擢され、
杉田さんは、再び、脚光を浴びることとなったのでした。


「3年B組金八先生」より。杉田さん(左)と鶴見辰吾さん。

ちなみに、杉田さんは当時を振り返り、

私の最初の“復活”は「3年B組金八先生」でした。
そのころは、借金もあって低迷していましたが、
この出演で運気の流れが変わったなと実感しました。

中学生で妊娠する難しい役柄で、オーディションの面接で、
『あなたならできますよ』と言われましたが、
実際、受かると返事するのに3日間ぐらいかかりました。

わらをもつかむ思いでの再チャレンジでした。
三度のご飯より、芝居が好きだったんです。

と、明かされています。

シングル「鳥の詩」のヒットで借金完済


そして、1980年には、
テレビドラマ「池中玄太80キロ」で、
西田敏行さんと共演すると、ドラマが高視聴率を記録し、

杉田さんは、このドラマの挿入歌「鳥の詩」を歌っていたことから、
1981年6月にシングルとしてリリースされると、
約40万枚を売り上げるヒット。


「鳥の詩」

このヒットで、杉田さんは、
300万円の借金を完済されたのでした。


18歳でヌード


また、1981年には、
「青春の門」で映画デビューを果されると、

翌年の1982年には、
「青春の門(自立編)」で初ヌードを披露、

その後も、

1982年「戦国の女たち」
1983年「壬生の恋歌」
1984年「日本の面影」
1985年「3年B組金八先生」

1986年「お見合いツアー殺人事件」
1987年「三匹が斬る!」
1989年「あなたの知らないあなたの部屋」
1990年「天使が消えた夏」


「三匹が斬る!」より。杉田さんと春風亭小朝さん。

と、順調に出演を重ねられていたのですが・・・


借金1億円を背負うも毒舌キャラで完済


1990年、26歳の時に、父親の連帯保証人になり、
なんと、1億円の借金を背負うことに。

これで、杉田さんいわく、
大半の財産を失ってしまって、所持金が800円になり、
持ち物をフリーマーケットに出したこともあったそうですが、

コツコツと仕事を続けられ、1998年、34歳の時、
自身の半生を赤裸々に綴った自伝「すれっからし」を出版されると、

この本がきっかけで、バラエティ番組に呼ばれるようになり、
今度は、歯に衣着せぬ毒舌キャラで大ブレイク。


すれっからし (小学館文庫)

杉田さんは当時を振り返り、

仕事はどんな依頼でも受けようとしました。
死体役やハローワークの解説ビデオにも出ました。

バラエティー番組に出たのもこの頃です。
やってみると発見があったり、新鮮だったり、悲愴感というより、
わりと毎日を楽しんでいましたね。
借金を完済したのは42歳の時でした。

と、語っておられます。

現在は無農薬野菜づくり


そんな杉田さんは、2005年には、
実業家の鮎川純太さんとセレブ婚されるも、
約7ヶ月でスピード離婚されており、

仕事、プライベートともに、
浮き沈みの激しい人生を送られていたのですが、

2009年に、テレビ番組の、
ダイエット企画に出演されたことがきっかけで、
オーガニック野菜と出会われると、

そのおいしさから野菜づくりに興味を持ち、
女優業をセーブして無農薬野菜を作る生活を送るように。

そして、野菜を作り続けていく中で、過去に経験した、
金銭面で人から裏切られたり、度重なる借金を背負うなどといった、
様々なストレスから解放されていき、心が穏やかになっていったそうで、
45歳を過ぎて、初めて感謝するという気持ちが芽生えたのだそうです。



さて、そんな杉田さんは、
2013年頃から仕事をセーブして、

現在のご主人と畑で農作物を育てながら、
お母さんの介護をされるという、静かな暮らしをされているのですが、

2018年1月に、お母さんは亡くなった際には、

忙しくてなかなか親孝行出来なくて、
最後の4年半はずっとずっと一緒にいられて幸せでした。
人は仏様になれるんだと教えてくれた最後でした。

そしてその事を考えてくれるために産んでくれたのだと知りました。
お母さん本当にありがとうございました。

と、コメントされています。

これからも、穏やかな生活が送れるといいですね。



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