浅香唯は干されていた?本名は?旦那は?子供は?昔はスケバン刑事!

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1986年、テレビドラマ「スケバン刑事III 少女忍法帖伝奇」「3代目麻宮サキ」役を演じ、たちまちブレイクされた、浅香唯(あさか ゆい)さん。その後も、「C-Girl」「セシル」などヒット曲を連発し、トップアイドルとなられたのですが、人気絶頂の1988年、突然、無期限休業を発表されます。


身長は?年齢は?本名は?

浅香さんは、1969年12月4日生まれ、
宮崎県宮崎市のご出身、

身長151センチ、

血液型はA型、

本名は、
西川亜紀(旧姓:川崎)、

学歴は、
明治大学付属中野高等学校定時制卒業、

特技は、麻雀、

だそうです。

「ザ・スカウトオーディション’84」でグランプリ

浅香さんは、芸能界にはまったく興味がなかったにもかかわらず、
グランプリ受賞者に贈られる副賞の赤いステレオが欲しくて、

1984年、少女漫画雑誌「少女コミック」主催の、
「ザ・スカウトオーディション’84」に参加されると、
見事、グランプリである「浅香唯賞」を受賞。

(浅香唯とは、「少女コミック」で連載していた
 「シューティング・スター」の主人公の名前)

浅香さんとしては、欲しかった赤いステレオをゲットできたので、
目的を果たし、終了となるはずだったのですが、

その後、次々と芸能プロダクションから、
スカウトの電話がかかってきて、
芸能界入りすることになったのでした。

ファーストシングル「夏少女」でデビューするも・・・

こうして、浅香さんは、
1985年、中学卒業と同時に上京すると、

その翌日には、いきなり、
情報バラエティ番組「EXPOスクランブル」の、
アシスタントとして芸能活動をスタート。

「EXPOスクランブル」より。松宮アナと浅香さん。

翌年の1985年6月には、
ファーストシングル「夏少女」でアイドル歌手デビューし、

「夏少女」

1985年9月「ふたりのMoon River」
1986年1月「ヤッパシ…H!」
1986年5月「コンプレックスBANZAI!!」
1986年9月「10月のクリスマス」

と、立て続けにシングルをリリースするのですが、
人気はパッとしなかったようです。

「スケバン刑事」でブレイク

しかし、1986年10月、
テレビドラマ「スケバン刑事III 少女忍法帖伝奇」の、
主人公「3代目麻宮サキ」こと「風間唯」役に抜擢されると、

長女の「結花」大西結花さん)、
次女の「由真」中村由真さん)とともに、
悪の組織と闘う「風間三姉妹」がたちまちブレイク。

「スケバン刑事III 少女忍法帖伝奇」より。
(左から)大西結花さん、浅香さん、中村由真さん。

実は、浅香さんは、これまでオーデイションを受けるたびに、
地元である宮崎県の訛り(なまり)を指摘されていたそうですが、

「スケバン刑事」のオーディションでは、逆に、
その訛りがとても良いと、監督に言われたそうで、
訛りを活かして自由にのびのびと演じられたのが、
よかったようです。

「C-Girl」「セシル」などが大ヒット

そして、1987年1月8日放送の、
第9話から主題歌に起用された「STAR」が、

同月21日に、6枚目のシングルとして発売されると、
オリコン最高9位を記録する自身初のヒット。

「STAR」

その後も、「瞳にSTORM」「虹のDreamer」と、
引き続き主題歌に起用され、

9月には、「虹のDreamer」が、
7枚目のシングルとしてリリースされると、
初のオリコンチャート1位を獲得。

「虹のDreamer」

10月には、「風間三姉妹」としてリリースした、
8枚目のシングル「Remember」も、
見事、オリコン1位を獲得と、

すっかり勢いに乗った浅香さんは、以降も、

9枚目のシングル「Believe Again」(1988年1月)
10枚目のシングル「C-Girl」(1988年4月)
11枚目のシングル「セシル」(1988年8月)
12枚目のシングル「Melody」(1988年11月)
13枚目のシングル「TRUE LOVE」(1989年1月)
14枚目のシングル「NEVERLAND~YAWARA!メインテーマ~」(1989年3月)

が、立て続けにヒットし、
一躍、トップアイドルとなられたのでした。

恋愛から事務所とトラブル

こうして、トップアイドルとなった浅香さんですが、
実は、人気絶頂だった1988年(19歳)、

コンサートのバックバンドとして参加していた、
7歳年上のドラマー、西川貴博さんと交際されており、

このことを知った事務所は、慌てて二人を別れさせ、
西川さんに手切れ金まで渡されたそうで、
これをきっかけに浅香さんと事務所の関係が悪化。

その後、浅香さんは、西川さんの影響か、
アーティスト志向になっていき、

年相応にセクシーな部分も出していくべきと、
事務所が持ちかけた仕事をすべて断られるなど、
仕事の方向性でも揉めることが多くなったそうで、

1993年2月、ついに浅香さんは、
このような関係に嫌気が差して、事務所を退社。

自分を見つめ直し、
音楽活動の幅を広げるための勉強をしたい。

と、「無期限休業」に入られたのでした。

干されていた?

その後、浅香さんは、荒木経惟さんに撮影してもらって、
写真集を出版されているのですが、

1994年2月に出版された写真集は、
本名の「川崎亜紀」(旧姓)名義。

FAKE LOVE―川崎亜紀「浅香唯」写真集

実は、事務所側に、

「退職後1年間は芸能界の仕事をしないという約束」
「芸名を使用するな」

と、音事協(日本音楽事業者協会)に提訴され、
「浅香唯」名義は使用できなかったようで、

実質、浅香さんは、「干されていた」のでした。

ただ、事務所側が音事協に提訴した際には、
和解を勧められていたようで、法的な力はないものの、
芸能界においてその意見は絶対的な力があったようで、

1997年には、浅香さんと事務所の和解が成立。
浅香さんは、実に4年ぶりに芸能活動に復帰されています。

結婚は?旦那は?子供は?

ところで、そんな浅香さんの、
その後の気になるプライベートですが、

実は、2002年、
その西川貴博さんとめでたく結婚され、

西川貴博さんと浅香さん。

2007年には、
長女の陽舞莉(ひまり)ちゃんを出産。

浅香さんと陽舞莉ちゃん

西川さんは、家事が苦手な浅香さんに代わって、
家事をしてくれる、とても優しい旦那さんとのことでした♪

さて、いかがでしたでしょうか?

紆余曲折があったとはいえ、
「スケバン刑事」でトップアイドルとなられ、
最終的には、大好きな人と結婚して出産。
そして、事務所とも和解して仕事も続けられている浅香さん。

もうすぐ50代とは思えぬそのキュートな魅力は、
そんな浅香さんの幸福感がにじみ出ているのかもしれませんね♪

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