三ツ矢歌子の若い頃は?死因は?夫は?息子が逮捕?昼ドラほか出演作は?

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1955年、新東宝に「第4期スターレット」として入社されると、以降、清純派女優として活躍された、三ツ矢歌子(みつや うたこ)さん。1961年に新東宝が倒産した後は、テレビに活動の場を移し、お昼のメロドラマのヒロインを数多く演じられると、いずれも高視聴率を記録。「昼メロの女王」と呼ばれるようになりました。


出身は?本名は?

三ツ矢さんは、1936年8月1日生まれ、
大阪府堺市東区のご出身、

血液型はA型、

本名は、小野田 宇汰子(おのだ うたこ)
(旧姓:三矢)

学歴は、
プール学院高等学校卒業、

ちなみに、
義弟(夫の実弟)に平田昭彦さん、
義妹(夫の妹)に音羽美子さん、
義妹(義弟の妻)に久我美子さん、
がいらっしゃいます。

若い頃は新東宝で清純派女優として活躍

三ツ矢さんは、1955年、友人が内緒で、
新東宝の新人募集に応募書類を送ったところ、
見事合格されたそうで、

「第4期スターレット」として新東宝に入社されると、
翌年の1956年には、「君ひとすじに」で映画デビュー。

以降、清純派女優として、

1956年「女真珠王の復讐」
1957年「海女の戦慄」
     「暁の非常線」
     「肉体女優殺し 五人の犯罪者」
     「スーパージャイアンツ 人工衛星と人類の破滅」
     「スーパージャイアンツ 宇宙艇と人工衛星の激突」

「暁の非常線」より。天知茂さんと三ツ矢さん。

1958年「人喰海女」
     「姑娘と五人の突撃兵」

1959年「戦場のなでしこ」
     「闘争の広場」

「人喰海女」より。三ツ矢さんと宇津井健さん。

1960年「人間の壁」
     「激闘の地平線」
     「女奴隷船」
     「黒線地帯」
     「地獄」

「黒線地帯」より。三ツ矢さんと天知茂さん。

と、立て続けに出演され、

久保菜穂子さん、池内淳子さんとともに、
「新東宝現代劇の女優三羽烏」と呼ばれ人気を博しました。

昼ドラ

そして、1961年に新東宝が倒産し、
活動の場をテレビに移されると、

1969年「女の絶唱」
1970年「新・女の絶唱」
1971年「人妻椿」
1972年「愛染椿」
1975年「妻と女の間」

「愛染椿」より。

と、お昼のメロドラマ「花王愛の劇場」シリーズで、
ヒロインを務められるほか、
数多くのお昼のドラマに出演。

必ず2桁以上の視聴率を稼ぎ出すことから、
三ツ矢さんは「昼メロの女王」と呼ばれるようになったのでした。

また、1992年には、ワイドショー「独占 女の60分」
で司会を務められるなど、女優業だけでなく幅広く活動されています。

出演ドラマ映画

それではここで、
三ツ矢さんのそのほかの出演作品もご紹介しましょう。

映画では、

1965年「暖春」
1988年「徳川の女帝 大奥」

テレビドラマでは、

1962年「可愛い恋人 現代のメルヘン」
1963年「カミさんと私」
1966年「午後の微笑」
1968年「誰がための愛」
1970年「風の視線」

1973年 ライオン奥様劇場「裁きの家」
1975年「はじめまして」
1976年 花王愛の劇場「愛の秘密」
1977年 土曜ワイド劇場「江戸川乱歩 吸血鬼『氷柱の美女』」
1979年「春の珍客」

「氷柱の美女」より。天知茂さんと三ツ矢さん。

1980年 花王愛の劇場「愛とおそれと」
1981年「炎の犬」
1983年「遠山の金さん」
1984年「不良少女とよばれて」
1985年「澪つくし」

「不良少女とよばれて」より。
伊藤麻衣子(現・いとうまい子)さんと三ツ矢さん。

1986年「新・熱中時代宣言」
1987年「こんな学園みたことない!」
1990年「愛さずにはいられない」
1991年「殺意の彩」

1993年「鬼平犯科帳」
1994年「殿さま風来坊隠れ旅」
1995年「私の叔父さん」
1998年「追跡3」
2000年「女監察医・室生亜季子」

「鬼平犯科帳」より。沖田浩之さんと三ツ矢さん。

ほか、数多くの作品に出演されており、

特に、テレビドラマでは、
上品で優しい母親役を多く演じられています。

夫は?

そんな三ツ矢さんの、
気になるプライベートですが、

三ツ矢さんは、1960年、11歳年上の映画監督、
小野田嘉幹(おのだ よしき)さんと結婚されています。

小野田さんは新東宝で助監督を経て、
「人喰海女」(1958年)で監督デビューされているのですが、
この映画には三ツ矢さんも出演されていることから、
この作品で知り合われたのかもしれません。

また、小野田さんの著書「桜は二度咲いた」(2006年発売)によると、
文通を重ねて、大恋愛の末、結婚に至ったということですが、

その一方で、後に三ツ矢さんは、

新東宝が潰れそうだったので結婚に踏み切りました。

と、語っておられたようで、
三ツ矢さんのちゃっかりぶりが分かりますね♪

桜は二度咲いた―肺がんと闘い、逝った女優・三ツ矢歌子 三回忌を前に妻の闘病生活と死の真実を今、夫が苦悩とともに赤裸々に明かす!

息子が逮捕

ちなみに、三ツ矢さんは、
結婚翌年の1961年に男の子を出産されると、

その男の子は、後に、三ツ矢真之(みつや まさゆき)
という名前で「鬼平犯科帳」などに出演し、
俳優として活動されるのですが、

三ツ矢真之さん

1990年半ば頃には薬物で逮捕されてしまい、
週刊誌の記者に自宅を直撃取材された三ツ矢さんは、
インターフォンごしに、「申し訳ございません」
と何度も繰り返して泣き崩れ、

その翌日には、
正式に謝罪会見を開かれています。

死因は?

その後、息子さんの不祥事の影響からか、
表舞台から遠ざかっていた三ツ矢さんですが、

2001年に腰痛で手術を受けられた際、
「肺がん」が発覚。

以降、入退院を繰り返す、
闘病生活を送られていたのですが、

2004年3月11日の昼過ぎ頃、
風邪気味だった三ツ矢さんは、呼吸が苦しくなり、
家族が運転する車で病院に行かれると「肺炎」との診断結果。

その後、治療を受け、容態が安定したのも束の間、
3月24日、67歳で他界されたのでした。

さて、いかがでしたでしょうか?

三ツ矢さんの訃報を受けた同期の原知佐子さんは、

歌子ちゃんはスターに成るべく新東宝に入社して来た人だった。

と、語っておられましたが、

まさに、銀幕のスターとして、
日本映画の黄金時代を支えられた三ツ矢さん。

そんな三ツ矢さんの輝かしいスター時代を、
この機会にご覧になってはいかがでしょうか。

三ツ矢さんのご冥福をお祈り致します。

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