野口五郎の若い頃は?嫁は三井ゆり!子供は?ギター?甘い生活!私鉄沿線ほか歌は?

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14歳の時、歌手を目指して上京し、翌年「博多みれん」で演歌歌手としてデビューするも、鳴かず飛ばずだった、野口五郎(のぐち ごろう)さん。しかし、2枚目のシングル「青いリンゴ」でアイドル歌手に転身されると、たちまち人気を博し、その後も、「甘い生活」(1974)「私鉄沿線」(1975)が大ヒット。一躍トップアイドルとなられたのでした。


年齢は?身長は?本名は?

野口さんは、1956年2月23日生まれ、
岐阜県美濃市のご出身、

身長174センチ、

血液型はA型、

本名は、
佐藤 靖(さとう やすし)、

学歴は、
美濃市立美濃中学校
⇒台東区立台東中学校
⇒堀越高等学校卒業、

ちなみに、
曽祖父は人形浄瑠璃の太夫、
両親はアマチュア楽団「青空楽団」の歌手同士、
お兄さんは作曲家の佐藤寛さんです。

若い頃は?デビューは演歌歌手だった!

野口さんは、ご両親が歌手だった影響からか、
1966年、小学校5年生の時に、
テレビ番組「日清ちびっこのどじまん」に出場すると、
荒木一郎さんの「今夜は踊ろう」を歌い、見事優勝。


「日清ちびっこのどじまん」出場時の野口さん

このことがきっかけとなり、
本格的に歌手になる決意をされた野口さんは、

作曲家、米山正夫さんの門下生にしてもらおうと、
約2年間、米山さんが係わるオーディションに、
何度も出場されたそうで、

ついに声がかかると、中学2年生の時、
プロを目指してお母さんとともに上京。

(※米山正夫さんは、美空ひばりさんの「リンゴ追分」を作曲された方で、
 「リンゴ追分」は、野口さんのソウルソングだったことから)

ただ、野口さんは、ちょうどその頃、変声期に差し掛かり、
思うように歌が歌えなくなってしまったそうで、
デビューは少し先送りになり、

それでも、1971年5月、15歳2ヶ月という若さで、
ファーストシングル「博多みれん」で、
演歌歌手としてデビューされたのでした。

「博多みれん」

アイドルへ転身

しかし、演歌歌手としては全く売れず、
アイドル歌手への転身を図って、1971年8月に、
2枚目のシングル「青いリンゴ」をリリースされると、
20万枚近いセールスを記録。

「青いリンゴ」

その後は、

1971年12月「好きなんだけど」
1972年4月「悲しみの日曜日」
     6月「青い日曜日」
     9月「めぐり逢う青春」
     12月「雨に消えた恋」

と、立て続けにシングルをリリースされると、

翌年の1972年12月31日には、
「第23回NHK紅白歌合戦」に、当時史上最年少の、
16歳10か月で出場を果たし、

西城秀樹さん、郷ひろみさんとともに、
「新御三家」と呼ばれなど、一躍、
トップアイドルの仲間入りを果されたのでした。

「甘い生活」「私鉄沿線」が大ヒット

そして、その後も、

1973年3月「オレンジの雨」
     7月「君が美しすぎて」
     10月「愛さずにいられない」
1974年2月「こころの叫び」
     4月「告白」
     7月「愛ふたたび」
     10月「甘い生活」
1975年1月「私鉄沿線」

と、立て続けにシングルをリリースされると、

「甘い生活」がオリコンで初の1位を獲得。
(50万枚近いセールスを記録し、自身最大のヒット曲に)

「甘い生活」

続く、「私鉄沿線」(実兄の佐藤寛さんが作曲)も、
有線放送をきっかけに大ヒットし、「甘い生活」から2作品連続して、
オリコン週間チャート1位を獲得され、(3週連続首位)

「私鉄沿線」

以降、2015年まで、
63枚ものシングルをリリースされています。

ギター?

ところで、野口さんを、「ギター」で、
多くの方が検索されているようです。

というのも、実は、野口さんは、
歌手としてよりも、ギターの方が活動歴が長く、

初めてギターを手にしたのは、
なんと6歳の時。

中学生の時からキャバレーの専属バンドとしてギターの腕を磨かれ、
「ベンチャーズ」や寺内タケシさんのコピーをして、
数多くのエレキギターのコンテストに出演されていたのです。

(プロ野球選手を目指した時期もあったようですが、中学生の時に脚を傷めて断念。
 その後は、再びギターに打ち込まれるようになったそうです。)

ちなみに、野口さんが1976年7月にリリースしたアルバム
「GORO IN LOSANGELES U・S・A / 北回帰線」では、
敬愛するギタリスト、ラリー・カールトンさんが、
全編でギターを弾いているのですが、

「GORO IN LOSANGELES U・S・A / 北回帰線」

1976年12月にリリースされた次のアルバム
「GORO&HIROSHI 2 / ときにはラリー・カールトンのように」では、

「GORO&HIROSHI 2 / ときにはラリー・カールトンのように」

ラリー・カールトンさんへのオマージュとして、
野口さんが全面的にギターを弾き、渋いプレイを披露。

また、1982年11月には、ギタリストとして、
初のインストゥルメンタル・アルバム「FIRST TAKE」を発表されると、

「FIRST TAKE」

その後も、

1992年3月「1013hpa~ANOTHER WAVE~」

「1013hpa~ANOTHER WAVE~」

2014年11月「Playin’ It All -My Fingers Sing J-Female Melodies-」

Playin’It All-My Fingers Sing J-Female Melodies-(初回限定盤)

を発表され、多くのギターファンをうならせています。

妻は?息子は?

そんな野口さんの、
気になるプライベートですが、

野口さんは、2001年、45歳の時、
タレントの三井ゆりさんと結婚されています。

お二人は、2000年、バラエティ番組「ものまね王座決定戦」
で知り合われ、交際されると、そのまま結婚に至ったそうで、
北マリアナ諸島のロタ島で挙式。

結婚後も、お二人の仲は良いようで、

2016年に、野口さんが、
60歳代で生き生きと活躍する著名人に贈られる、
「ハッピーローズ・アワード」を受賞された際、
三井さんもサプライズで登場すると、

野口さんは、三井さんに、

到達できない夢ばかり追いかける僕を支えてくれてありがとう。

と、涙を浮かべながら感謝の言葉をかけ、

妻は「でも」とか「だって」とか絶対に言わない人。
だからけんかもせずに生活しています。

と、夫婦円満の秘訣を明かされています。

「ハッピーローズ・アワード」授賞式より。野口さんと三井ゆりさん。

ちなみに、お二人の間には、2002年生まれの娘さんと、
2004年生まれの息子さんがいらっしゃるようです♪

さて、現在は、既に60歳オーバーの野口さんですが、それでも、

還暦だけど自分の中ではどんどん若返っている感じ。
これからも進化していきたい。

とおっしゃっており、まだまだ元気いっぱい。

これからも、歌手、ギタリスト、タレント、俳優として、
まだまだ野口さんの活躍は続きそうですね。

応援しています!!

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