永島敏行の若い頃は?嫁は?息子は?娘は?現在は農業?サードほかドラマ映画は?

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1977年、映画「ドカベン」で俳優デビューされると、翌年の1978年には、映画「サード」の主演に抜擢され、一躍注目を集めた、永島敏行(ながしま としゆき)さん。以降、数多くの映画やテレビドラマに出演される一方で、農業コンサルタントとしても精力的に活動されています。




年齢は?身長は?本名は?


永島さんは、1956年10月21日生まれ、
千葉県千葉市中央区のご出身、

身長182センチ、

血液型はO型、

学歴は、
専修大学文学部人文学科卒業、

趣味は、
野球、殺陣、農作業、

ちなみに、
永島敏行は本名です。


映画「ドカベン」の長島役で俳優デビュー


永島さんの実家は旅館を経営されており、
ご両親は、長男である永島さんに旅館を継がせたかったためか、

「体に悪いから勉強するな」

が、口癖だったそうで、

永島さんはその言葉通り、勉強をほとんどせず、
小学校時代から大好きな野球をやり、
映画ばかり観ていたそうで、

その後、高校では、
キャプテンで4番打者として活躍。

そして、甲子園出場の夢は果たせなかったものの、
野球で誘われて大学に進学されると、
大学でも準硬式野球部に入部されていたのですが、

大学在学中の1977年、お父さんが勝手に、
映画「ドカベン」のオーディションに、
永島さんの応募書類を送られると、

野球の技量、体格、甘いマスクを買われて、見事合格し、
野球部のキャプテン長島役に抜擢。


「ドカベン」より。
(左から)高品正広さん、永島さん、橋本三智弘さん。


しかし、撮影中は緊張してぎこちない演技しかできず、
試写で自分の演技を見た時には、

「こんなに下手なヤツが映画に出ていいのか」

と思うほどひどく、
周りからの評価も散々だったそうで、

誰にも見られたくなかったことから、

「上映館全てが火事になればいいのに」

と思われていたそうです。

映画「サード」で主演に抜擢


それでも、お父さんが再び、
映画「サード」の出演者公募に応募されると、

これまた見事、永島さんは、
主人公の「サード」こと妹尾新次役に抜擢。


「サード」より。永島さんと吉田次昭さん。

すると、今度は、永島さん自身も手応えがあったようで、
映画が高い評価を受けて、永島さんにも注目が集まり、
続く、「事件」「帰らざる日々」でも準主演に抜擢。


「事件」より。松坂慶子さんと永島さん。


「帰らざる日々」より。永島さんと浅野真弓さん。

そして、永島さんは、これら3作品で、

「昭和53年度 報知映画賞」新人賞
「第3回 熊本映画祭」日本映画男優賞
「第1回 学生映画大賞」男優賞
「第16回 ゴールデン・アロー賞 映画賞」新人賞
「第11回 テレビ大賞」新人賞
「エランドール賞」

と、多数受賞されたのでした。

また、その後も、

1978年「皇帝のいない八月」
1979年「俺たちの交響楽」
     「日蓮」
     「十八歳、海へ」
     「英霊たちの応援歌 最後の早慶戦」」


「十八歳、海へ」より。森下愛子さんと永島さん。

1980年「動乱」
     「復活の日」
     「二百三高地」
     「地震列島」
     「さらば、わが友 実録大物死刑囚たち」
1981年「連合艦隊」
     「幸福」
     「遠雷」


「復活の日」より。
(左から)森田健作さん、渡瀬恒彦さん、永島さん。


など、恵まれた体格から、
主に戦争映画で軍人役を演じられると、

「遠雷」では、一転、
トマト栽培に精を出す気の良い青年、満夫役で、

「第6回 報知映画賞」主演男優賞
「第21回 ゴールデン・アロー賞 演劇賞」新人賞
「第3回 ヨコハマ映画賞」主演男優賞
「キネマ旬報賞」主演男優賞

と、数々の賞を受賞されています。


「遠雷」より。永島さんと石田えりさん。


出演作品(テレビドラマ、映画)


それでは、ここで、
永島さんのそのほかの出演作品もご紹介しましょう。

テレビドラマでは、

1978年「人はそれをスキャンダルという」
1980年 NHK大河ドラマ「獅子の時代」
1981年「二百三高地 愛は死にますか」
1985年「幕末青春グラフィティ 福沢諭吉」
1987年「あきれた刑事」


「あきれた刑事」より。永島さんと時任三郎さん。

1988年「避暑地の猫」
1989年「ウルトラマンをつくった男たち~星の林に月の舟~」
1990年「ロッキー青木物語・グッドラックロッキー」
1991年「幕府お耳役檜十三郎」
1992年「土曜グランド劇場・まったナシ!」
1993年「日本名作ドラマ 踊子/永井荷風」


「幕府お耳役檜十三郎」より。(左から)財津一郎さん、
永島さん、松原智恵子さん、渡辺裕之さん。


1994年「カミング・ホーム」
1995年「新宿鮫シリーズ」
1996年「俺たちに気をつけろ。」
1998年「超完全犯罪の女医」
1999年「法医 歯科学の女3」

2000年「赤い霊柩車13」
2001年「ストロベリーオンザショートケーキ」
2002年「警視庁心理分析捜査官・崎山知子1」
2003年「農魂の人・松田喜一伝~人間作れ、土作れ!~」
2004年「忠臣蔵」
2006年「天下騒乱~徳川三代の陰謀」


「ストロベリーオンザショートケーキ」より。
(左から)滝沢秀明さん、岡田奈々さん、永島。


2007年「刺客請負人」
2008年「相棒 Season6」
2009年「かりゆし先生ちばる!」
2010年「忠臣蔵~その男、大石内蔵助」
2011年「塚原卜伝」

2012年「山村美紗サスペンス 黒の滑走路~禁じられた一族~」
2013年「BAD BOYS J」
2014年「必殺仕事人2014」
2016年「科捜研の女 第15シリーズ」
2017年「視覚探偵・日暮旅人」第6話
2018年「BG~身辺警護人~」


「視覚探偵・日暮旅人」より。
(左から)永島さん、高橋メアリージュンさん、福士誠治さん。


映画では、

1981年「駅 STATION」
1982年「ロングラン」
1983年「人生劇場」
1984年「地平線」
1985年「ミシマ:ア・ライフ・イン・フォー・チャプターズ」
1986年「キャバレー」

1987年「黒いドレスの女」
1988年「異人たちとの夏」
1989年「危ない話」
1990年「ドンマイ」
1991年「真夏の地球」


「黒いドレスの女」より。永島さんと原田知世さん。

1992年「彼女が結婚しない理由」
1993年「夢の女」
1994年「夜がまた来る」
1995年「ひめゆりの塔」
1996年「男たちのかいた絵」
1997年「樹の上の草魚」

1998年「MIND GAME」
1999年「極道の妻たち 赤い殺意」
2000年「クロスファイア」
2001年「郡上一揆」
2002年「ゴジラ×メカゴジラ」


「ゴジラ×メカゴジラ」より。永島さんと田中美里さん。

2003年「姐御~ANEGO~」
2004年「透光の樹」
2005年「渋谷物語」
2006年「水に棲む花」
2007年「人が人を愛することのどうしようもなさ」
2009年「わたし出すわ」


「透光の樹」より。永島さんと秋吉久美子さん。

2010年「手のひらの幸せ」
2011年「学校をつくろう」
2012年「種まく旅人~みのりの茶~」
2015年「種まく旅人 くにうみの郷」
2018年「北の桜守」

ほか、数多くの作品に出演されています。


現在は「農業コンサルタント」として


ところで、永島さんは、俳優活動のかたわら、
2005年には「有限会社青空市場」を設立し、

「農業コンサルタント」として、
生産者と消費者をつなぐ活動をされています。



永島さんが農業に取り組まれるようになったのは、
大学時代、同じ野球部に所属されていた仲間で、その後、
秋田県十文字町(現・横手市)の役場職員となられた友人に、
1992年頃誘われて、米作りを体験したことがきっかけだったそうで、

それ以来、永島さんは、
千葉県成田市で稲作を始めるようになったのだとか。

永島さんは、農業を始めるようになった経緯について、

僕は旅館の息子なので、
昔から食べ物に興味がありました。

生まれた当時の千葉市は東京湾の海の幸と畑に囲まれ、
泥だらけになって遊んだものです。

米作りを体験する前、芝居の勉強で、
イギリスの劇作家の家にホームステイをしたことがあったのですが、
(海外での生活を体験したことで)自分の生き方を語るものが欲しいと思った。

その思いが心に残り、気が付いたら農業の虜になり、
米作りを始めていたんです。

と、明かされると、

役者だけだと狭い世界しか見えない。
けれど、農業を通じて、政治、経済、流通、気候などが、
関連して成立している姿が見えてくる。

そして、役者は、農家の声にできない声を、
(メディアで)伝えることができる。役者になってよかった。

と語っておられました。

嫁は?息子は?娘は?


そんな永島さんの、
気になるプライベートですが、

永島さんは、1989年、
7歳年下の一般女性と結婚されると、
翌年には、女の子が誕生。

現在は娘さんも既にアラサーですが、
情報がないことから、一般のお仕事をされているようです。

(息子さんはいらっしゃいません)

また、永島さんは、奥さんから、

あなたは農業をやってなかったら、いやな人間になっていたと思う。
役者だけやっていたら傲慢な人間になっていたと思う。

と、言われたことがあったそうで、
永島さんのことをとても理解してくれている奥さんのようですね♪

さて、いかがでしたでしょうか?

俳優業と農業という、一見かけはなれた、
2つの天職に恵まれた永島さんですが、

それも、ご両親の「勉強するな」という教えが、
先入観を取っ払い実現したのかもしれませんね。

公私ともに充実した永島さんからは、
今後もまだまだ目が離せません!!



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