10代を、東京、スイス、ニューヨーク、パリで過ごし、19歳の時には、俳優の本木雅弘さんと結婚された、内田也哉子(うちだ ややこ)さん。結婚後は、3人のお子さんを出産されていますが、翻訳家、エッセイスト、歌手、女優としても活動されています。

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年齢は?身長は?血液型は?本名は?

内田さんは、1976年2月11日生まれ、
東京都のご出身、

血液型はB型、

身長は公表されていませんが、
ご主人の本木雅弘さん(174センチ)と、
並んだところから推定すると170センチ位、

お父さんは、
ロック歌手の内田裕也さん、
お母さんは女優の樹木希林さん、

ちなみに、内田也哉子は本名です。

学歴

也哉子さんは、小学校から、都内のインターナショナルスクールに通い、9歳の時には、1年間ニューヨークへホームステイ。

さらに、高校2年生の時には、スイスのジュネーブに留学し、アートを専攻(写真やコラージュ制作など)されているほか、ニューヨーク、パリなどでも過ごされた国際派です。

本木雅弘と結婚

そんな也哉子さんは、1995年、19歳の時に、俳優の本木雅弘さんと結婚されているのですが、

実は、お二人の初めての出会いは、也哉子さんが15歳の時で、

お母さんの樹木さんから、

お父さんと食事してきなさい

と言われて、お父さんの内田裕也さんの食事に合流されたところ、そこにいたのが、本木さん(当時25歳)だったそうで、

(本木さんと内田裕也さんは、映画「魚からダイオキシン!!」(1992年)で共演された縁で、一緒に食事をされていたそうです)

その時は、お互い、特に特別な感情はなかったそうですが、本木さんがアカデミー賞授賞式のナレーターの仕事でアメリカに行かれた際に、留学中(当時16歳)の也哉子さんが通訳として同行されると(一説には本木さんが通訳を依頼したという話も)、その後、本木さんからアプローチを受けたそうで、

帰国後、本木さんと文通で交流を続けられると、まだ正式に交際していないにもかかわらず、也哉子さんが17歳の時、本木さんから、

私には白髪のあなたが想像できるし、そういうあなたが愛おしい、と思える気がする。

今すぐじゃなくても、いつか結婚という選択肢が現れたとき、私もそこに入れてください。

と、プロポーズされたのだそうです。


本木雅弘さんと内田さん。

(実は本木さんは、樹木さんから「2人でお話しておいで」と背中を押されて、西麻布の割烹「川奈」でプロポーズされたそうです)

家族(息子、娘)は?

こうして、本木さんと結婚された也哉子さんは、2人の男の子と1人の女の子を出産。

1997年に出産された長男は、内田雅楽(うちだ うた)さんというそうで、


内田雅楽さん

2010年にスイスの超名門私立高校「ル・ロゼ」に留学されると、その後バスケットの選手としてスカウトされ、アメリカのマイアミ州にある、バスケットの強豪校「マイアミ高校」に転校。

2016年には、カリフォルニア州にある「ドミニカン大学」で、バスケットの選手として活躍されているようで、

雅楽さんは、

今年(2016年)の秋からカリフォルニア州にある、Division2 のドミニカン大学に進学する事になりました!これからも夢に向かって頑張ります! 田渡凌さん、今年1年間よろしくお願いします。

と、ツイートされています。

(※田渡凌さんとは、バスケットボールリーグ「横浜ビー・コルセアーズ」で活躍するプロのバスケットボールの選手)

また、1999年に出産された長女は、内田伽羅(うちだ きゃら)さんといい、2010年に、映画「FURUSATO -宇宙からみた世界遺産-」で女優デビューされると、


「FURUSATO -宇宙からみた世界遺産-」より

翌年の2011年には、映画「奇跡」で、いきなり「高崎映画祭最優秀新人女優賞」を受賞。


「奇跡」より

ただ、そのまま女優の道に進むのではなく、小学校卒業後の2012年にはイギリスに留学され、その後、2015年に、再び、映画「あん」に出演されています。


「あん」より

最後に、2010年に出産された次男は、内田玄兎(うちだ げんと)くんといい、2015年、バラエティ番組「ぴったんこカン・カン」で、ご主人の本木さんとテレビ初登場を果たされています。


本木雅弘さんと内田玄兎くん

本・ドラマ・映画・歌

ところで、也哉子さんは、1985年に「花へんろ・風の昭和日記」で、子役としてテレビドラマデビューされると、

その後も、

1997年「東京日和」
2007年「東京タワー~オカンとボクと、時々、オトン~」
2012年「わが母の記」

と、不定期に映画に出演され、

「東京タワー~オカンとボクと、時々、オトン~」では、お母さんの樹木希林さん演じる「オカン」の若い頃を、


「東京タワー~オカンとボクと、時々、オトン~」より。

「わが母の記」でも同じく、樹木さん演じる「八重」の若い頃を演じられています。


「わが母の記」より。

また、結婚後は、翻訳家、エッセイストとして、文才を発揮されており、

2001年たいせつなこと (ほんやく絵本)
2003年岸辺のふたり―Father and Daughter
2005年恋するひと
2009年「ラプンツェル―グリム童話 (おはなしのたからばこ 16)

と、訳書を出版されるほか、

1996年ペーパームービー (講談社文庫)
2001年「会見記
2002年親と子が育てられるとき―Quiet Garden (岩波アクティブ新書)
2004年ブローチ

と、著書も出版。

そのほかにも、2005年には、渡邊琢磨さん、鈴木正人さんと共に、音楽プロジェクト「SighBoat」を結成されると(也哉子さんはヴォーカルを担当)、

2005年には、ファーストアルバム「sighboat」でデビュー、


Sigh boat

2010年には、2枚目のアルバム「marvel」をリリースされています。


marvel

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現在は?

さて、お子さんが生まれてからは、2世帯住宅の豪邸で、お母さんの樹木希林さんと同居されていた也哉子さん一家ですが、

玄兎くんが誕生したことをきっかけに、

家族は一緒に生活するべき

と考えるようになったそうで、

2012年からは、娘の伽羅さんが留学する、イギリスのロンドンに移住されていたのですが、近年は、お母さんの樹木さんが全身ガンに冒され、体調が良くないことから、也哉子さん一人だけ東京に戻り、樹木さんの身の周りの面倒を看ておられるそうで、

樹木さんが、出演映画「万引き家族」のカンヌ映画祭公式上映のため、フランス・カンヌに行かれた際も、也哉子さんは、片時も離れず樹木さんに付き添われていたとのこと。

しばらくは、本木さんや子どもたちをイギリスに残し、日本にとどまる予定だそうで、樹木さんも心強いことでしょうね。

樹木さんが最期の時を迎えるまで、母娘水入らずの穏やかな日々が過ごせるよう、お祈りしています。

(追記)

樹木希林さんは、2018年9月15日、75歳で他界。同月30日、東京都港区の光林寺で葬儀が行われました。

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