デヴィ夫人の娘は?孫は?元彼は銀行家に公爵!津川雅彦とも?

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フランス社交界でもうまく立ち回ったデヴィ夫人は、スカルノ元大統領の遺産を手に入れるためインドネシアに帰国。その後はアメリカニューヨークに移住されていたのですが、1996年、松田聖子さんに肩透かしを食らったことで毒舌を吐いたことが、プロデューサーの目に留まり、芸能ニュースの特番に出演されると、たちまち人気を博します。


「デヴィ夫人がアランドロンと?フランス社交界では東洋の真珠?」からの続き

松田聖子のヌード写真集のコーディネーター~サッチー批判でブレイク

1991年にアメリカ・ニューヨークに、
移住していたデヴィ夫人は、

その後、日本に帰国し、1996年、
松田聖子さんのヌード写真集の、
コーディネーター役を引き受けられるのですが、

トラブルがあったのか、聖子さんは、
結局、ヌード写真集を出版せず、全米進出との理由で、
アメリカへ渡られた(逃げられた)ことから、

「あんな三流タレント」

「愛人と遊んでいた」

などと、聖子さんのことをケチョンケチョンに
こき下ろします。

すると、それに目をつけた日本テレビのプロデューサーから、
芸能ニュース(特番)の出演オファーが来たそうで、
出演されると、しゃべること、しゃべること。

デヴィ夫人の毒舌ぶりは、予想以上に視聴者にウケ、
高視聴率を記録したのでした。

そして、その後も、しばしば、
ワイドショーに出演されるようになり、

1999年には、ミッチーこと浅香光代さんと、
サッチーこと野村沙知代さんの確執から派生した、
一連の批判合戦(「ミッチー・サッチー騒動」)でも、

「下品で非常識な人はキライです」

などと、歯に衣着せぬトークを炸裂すると、
またもや高視聴率を記録。

浅香光代さんと野村沙知代さん

デヴィ夫人は、芸能界でも、
一躍、ブレイクを果たされたのでした。

(ちなみに、報道が野村沙知代さんに対するバッシングに傾くと、
 デヴィ夫人も野村沙知代さんを批判。その後、デヴィ夫人と野村沙知代さんは、
 テレビ番組で直接対決するまでに関係が悪化しています。)

タレントとしても引っ張りだこに

その後、デヴィ夫人は、ワイドショーのコメンテーターだけではなく、
タレントとしてもバラエティに引っ張りだことなっているですが、

意外にも、デヴィ夫人は、

「オファーは断らない」

というスタンスだそうで、
それで、仕事が途切れることはないのだとか。

実際、ギャラは激安、過酷なロケでもOKとのことで、
テレビ局としては使い勝手がいいはずですね。

ただ、デヴィ夫人は、決して、
お金のために体を張っているわけではないそうで、

若い頃にできなかったことができて、
今のお仕事をとても楽しんでおられるのだそうです。

スペイン人の元カレは詐欺師だった?

そんなデヴィ夫人の、
気になるプライベートですが、

デヴィ夫人は、パリに亡命した30歳の時、
スペイン人の銀行家、フランシスコ・パエサさんと、
知り合い、交際に発展。

(左から)フランシスコ・パエサさん、娘のカリナさん、デヴィ夫人。

結婚を考え始めたお二人は、
スイスで銀行を経営されるのですが、

当時、スイス人以外が銀行を設立することは、
詐欺罪に当たったそうで、デヴィ夫人はパエサさんにより、
パリに避難させられます。

その後、パエサさんは、莫大な費用を費やして銀行を解体し、
すべての預金を返済されたのですが、
居住権の問題で訴追されてしまったそうで、

デヴィ夫人は持っていた宝石を手放すなどして、
1億円以上の保釈金を工面されたそうですが、

パエサさんは、

「あなたに愛される資格はない」

との言葉を残して姿を消してしまい、
お金も戻ることはなかったそうです。

フランス公爵サブラン氏と婚約も解消

そして、デヴィ夫人が次に知り合われたのが、
フランス国王ルイ14世の家系である、
エルゼアル・ド・サブラン=ポントヴェス公爵。

お互い惹かれあったお二人は、
婚約を発表されるのですが、

デヴィ夫人が白人ではないこと、
公爵と結婚するための相応な持参金がなかったことから、
結局、結婚には至らず、7年でその恋は終わっています。

(左から)二コール・オブ・ベッドフォード公爵夫人、
エルゼア・ド・サブラン公爵、デヴィ夫人。

ただ、デヴィ夫人は、
2012年、自身のブログで、

私は Duc de Olrean オルレアン公爵夫人の兄君
Elzear de sabran-Pnteves サブラン公爵と7年間婚約しておりました。
私のパリ時代のハイライトです。今でも大変仲良くしております。

と綴っておられるので、おともだちとしては、
繋がりを持っておられるとのこと。

さておき、デヴィ夫人は、スカルノ大統領と別離後は、
再婚することなく、現在に至っています。

津川雅彦とも?

ちなみに、デヴィ夫人は、
あの、津川雅彦さんとも交際されていたそうです。

実は、1969年5月、お二人は、
「デヴィ夫人を慰める会」で出会われると、
お互い惹かれ合ってすぐに親密な関係になったそうで、

翌月の6月には、早くも結婚説が報じられ、
先に会見を開かれた津川さんは、

惚れあっているのは事実ですが、
まだプロポーズもしていないんですよ。

僕は、もともと、女性の美しさは、
優雅な生活から生まれると思ってました。
その点、彼女はぴったりの人だと思っていますね。

と、真剣愛であることを告白。

また、デヴィ夫人も翌日に会見を開かれると、

夫ある身で、ほかの男性を愛していることは、
世間で許されないでしょう。

でも、津川さんから大切にされ、心をひかれた。

離婚をしていないのに、どうして(結婚が)ありうるでしょう。
2人の間に「結婚」という言葉は出ていません。

愛しているとは言っていないし、
言葉で言うことはできません。誠実さにひかれた。

と、津川さんへの想いを語っておられます。

当時の津川雅彦さんとデヴィ夫人。

しかし、そのわずか半年後には、
二人の関係は終わってしまったようで、

この影響からか、津川さんの仕事は、
激減したといわれています。

ちなみに、デヴィ夫人は、2017年4月、
都内で行われた映画の公開記念トークショーに出席された際、

皆さん、想像つかないと思いますが、
私は津川雅彦さんとお付き合いしていたことがありましたのよ。

あのころ、あの方おきれいだったんですよ。
今はあんなですけど。

と、デヴィ節全開で明かされています。

娘とは不仲?

ところで、デヴィ夫人は、スカルノ大統領との間に、
一人娘、「カリナ・サリ・デヴィ・スカルノ」さんを、
出産されているのですが、

そのカリナさんとデヴィ夫人の間に、
確執があると噂されています。

デヴィ夫人と赤ちゃんの頃のカリナさん。

というのは、デヴィ夫人は、カリナさんが11歳の時に、
カリナさんをパリに残し、単身でインドネシアに戻っているのですが、

このことでカリナさんは自分が見捨てられたと思い、
母娘の関係にヒビが入ってしまったというのです。

ただ、デヴィ夫人としては、カリナさんを、
上流階級でも通用するように育てるため、
スカルノ元大統領の遺産を分けてもらおうと、
インドネシアに移り住まれたそうで、

情勢が不安定なインドネシアに娘を連れて行くことはできず、
やむなくパリに残してきた、というのが真相のようです。

孫は?

その後、カリナさんは、ニューヨークにある、
「ヴィヴィアン・ウェストウッド」に勤められたのち、

2005年には、大手金融機関「シティバンク」の、
欧州・中近東・アフリカ地区CEO(最高経営責任者)である、
オランダ人のフレデリック・F・シーガスさんと結婚されているのですが、

2007年に、孫のキラン(Kiran)くんが誕生すると、
二人の確執もようやく改善されたようで、

現在のデヴィ夫人とカリナさん。

デヴィ夫人は、自身のブログに、

孫の存在は格別。
その可愛さと言ったら、まるで宝物のようです(笑)

会うたびに大人っぽくなっていくので、
今度会う時には、声や容姿もすっかり変わって、
より男の子っぽくなっているかもしれんせんね。

写真で切り取られた 一瞬、一瞬のキランが愛おしい~

グランマとしては、キランの成長が、
何より、とても楽しみです♪

と綴り、初孫がかわいくて仕方ないご様子。

デヴィ夫人とキラン君。

確かに美少年ですね~

デヴィ夫人とともに、
テレビ番組に出演されたこともあったので、

近い将来、芸能界デビュー、
なんてこともあるかもしれませんね。

さて、いかがでしたでしょうか?

現在は、好きなテレビの仕事をこなしつつ、
孫の成長を心から楽しみに過ごされているデヴィ夫人ですが、

やはり、そのせいか、
80歳間近とは到底思えない若々しさ。

デヴィ夫人ご自身も、

健康の秘訣は、緊張感を持って過ごすことと、
化学物質的なものを摂取しないこと。

お肉は1カ月に1回くらいしか食べず、
食事の50%は野菜。

と語り、日常生活も気をつけていらっしゃるようなので、

今後もまだまだ、
デヴィ夫人の活躍は続きそうですね♪

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