小林亜星が長髪?寺内貫太郎一家では西城秀樹を!出演ドラマ映画は?

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数々の印象に残るCMソングやアニメソングを手がけられた、作曲家の小林亜星(こばやし あせい)さんですが、1974年に、テレビドラマ「寺内貫太郎一家」で俳優としてもブレイクすると、その後は、作曲家してはもちろん、俳優、タレントとしてもテレビ番組で活躍するようになられています。




「小林亜星の若い頃は?本名は?年齢は?CMアニメソングの作曲?」からの続き

テレビドラマ「寺内貫太郎一家」でブレイク!


こうして、CMソングやアニメソングなど、
次々とヒット曲を連発した小林さんですが、

なんと、1974年には、テレビドラマ「寺内貫太郎一家」で、
主人公の、頑固親父「寺内貫太郎」役に抜擢。

小林さんは音楽一筋で来られており、
演技などしたこともなかったのですが、

実は、単純に見た目で選ばれたようで、
後に、小林さんは、

話がきたときは、冗談じゃないよって思ったね。
ただ、デブの役者がほしかっただけだと思います。

なかなかデブの役者っていなかったからね。
ほかの役者さん(高木ブーさん、フランキー堺さんなど)にも、
依頼したみたいだけど、みんな断られて僕のところにきたみたいです。

そのころはTBSの仕事(音楽担当)を何本かやっていて、
お得意さんだから断れないし、
だんだん追いつめられて、引き受けました。

と、語っておられます。


「寺内貫太郎一家」より。(左から)梶芽衣子さん、加藤治子さん、西城秀樹さん、
小林さん、樹木希林(当時は悠木千帆)さん、浅田美代子さん。


ただ、いざドラマの放送がスタートすると、
小林さんのキャラクターが見事にハマって、
平均視聴率31.3%を記録する大ヒット。

後に、このドラマは、1970年代を代表する、
「国民的ホームドラマ」と称されるまでになったのでした。

長髪、アフロだった!


ところで、このオファー、当初は、
脚本家である向田邦子さんは難色を示されていたそうです。

というのも、小林さんは、それまで、
長髪のアフロヘアでサングラスをかけており、

そんな小林さんを写真で見た向田さんには、
自身のお父さんがモデルの「寺内貫太郎」像と、
あまりにもイメージがかけ離れていると感じたからです。

ただ、その後、プロデューサーの久世光彦さんが、
当時、TBSの下にあった床屋で小林さんを坊主にさせ、

「黒い丸縁めがね」「はんてん」を身に着けた姿で、
局内を歩かせたそうで、

それをどこからともなく見ていた向田さんが、

あ、これは貫太郎よね。

と、おっしゃり、
無事、起用となったのだそうです(笑)

西城秀樹を突き飛ばして抗議が殺到


初演技で、いきなり、
高視聴率の原動力となった小林さんですが、

やはり、演技に関してド素人だった小林さんは、
事故を起こしてしまいます。

実は、長男・寺内周平役の西城秀樹さんとの喧嘩のシーンで、
力加減が分からず、本当に西城さんを突き飛ばしてしまい、

西城さんは左腕を骨折、救急車で運ばれる事態となり、
そのまま、入院となってしまったのでした。

(この時の小林さんの体重は110キロということで、
 力加減はされたのでしょうが、思った以上にパワーがあったのでしょう)

すると、この直後から、小林さんのもとには、
西城さんのファンから抗議の手紙が殺到。


当時の西城秀樹さん、かっこいいですね~

その中には、

おまえの大事なところをひっこぬくぞ!

という、女子高生からの手紙もあったそうで、

さすがの頑固親父も、
ただただ恐縮するばかりだったことでしょうね。

出演作品(テレビドラマ、映画ほか)


それでは、ここで、
小林さんのそのほかの出演作品もご紹介しましょう。

テレビドラマでは、

1974年「夜明けの刑事」
1975年「ばあちゃんの星」
1976年「ベルサイユのトラック姐ちゃん」第1話
1980年「一人来い二人来いみんな来い」
1981年「裸の大将放浪記」
1982年「陽あたり良好!」


「裸の大将放浪記」より。小林さんと芦屋雁之助さん。

1984年「ビートたけしの学問ノススメ」
1985年「花へんろ」
1986年「新・熱中時代宣言」
1989年「俺たちの時代」
1999年「恍惚の人」
2002年「さくら」


「俺たちの時代」より。小林さんと田原俊彦さん。

映画では、

1975年「新仁義なき戦い 組長の首」
1977年「HOUSE ハウス」
1978年「冬の華」
1982年「夏の秘密」
1985年「妖精フローレンス」


「冬の華」より。小池朝雄さんと小林さん。

1987年「塀の中の懲りない面々」
1991年「渋滞」
1993年「まあだだよ」
2004年「死に花」
2008年「グーグーだって猫である」


「塀の中の懲りない面々」より。(後列左から)小林さん、
ガッツ石松さん、オスマン・サンコンさん、殿山泰司さん、
(前列左から)下條アトムさん、下條正巳さん、渡瀬恒彦さん、藤岡重慶さん。


など、「寺内貫太郎一家」以降も、
俳優業を続けられているほか、

1977~1978年「びっくり日本新記録」(司会)
1980~1984年「象印クイズ ヒントでピント」(司会)
1981年「熱戦!歌謡ダービー」(審査員)
1983~1992年「わくわく動物ランド」(解答者)

など、クイズ番組の解答者や司会者、歌謡番組の司会者等、
タレントとしても活躍されたのでした。

「小林亜星の息子が犯罪!病気?死亡?浮気で離婚!現在の妻は?」に続く



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