マイク眞木の若い頃は?年齢は?バラが咲いたほか歌ドラマ映画は?

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1966年、ひょんなことから、大学在学中に「バラが咲いた」で大ヒットを飛ばした、マイク眞木(マイク まき)さん。その後は、気ままに音楽活動を続けながら、趣味のサーフィンやスキーなどを楽しんでおられるようです。

年齢は?出身は?身長は?本名は?父は?

マイク眞木さんは、1944年4月27日生まれ、
東京都港区赤坂のご出身、

身長170センチ、

血液型はO型、

学歴は、
日本大学藝術学部放送学科卒業、

趣味は、
模型、絵画、

ちなみに、本名は、
眞木壮一郎 (まき そういちろう)で、

「真木」と表記されていることもありますが、
 正確には「眞木」だそうです)

お父さんは、舞台美術家・衣裳デザイナーの、
眞木小太郎(まき こたろう)さんです。
(元日本舞台テレビ美術家協会会長)

ソロデビュー曲「バラが咲いた」が大ヒット

眞木さんは、舞台美術家だったお父さんの影響からか、
子どもの頃から模型を作ることが好きで、

高校3年生の時には、TBSの美術部で、
特撮のアルバイトをしていた事もあったそうです。

また、その一方で、音楽にも熱中していたそうで、
大学在学中には、「モダン・フォーク・カルテット(MFQ)」
というフォークバンドを結成して、
アマチュア・フォーク界で活躍されていたのですが、


モダン・フォーク・カルテット。(左から)重見康一さん、
麻田浩さん、マイク眞木(当時・眞木壮一郎)さん、渡邊かをるさん。

ある時、他の歌手のために作られた曲のデモテープを録音するために、
テレビ局で学生アルバイトとして働いていた眞木さんが呼ばれ、

(デモ録音ということで)軽い気持ちで歌ったところ、
プロデューサーが眞木さんの歌声に新鮮さを感じたそうで、

急遽、予定していた歌手がキャンセルされ、
なんと、眞木さんが歌ったデモテープが、
そのまま、レコードとしてリリース。


「バラが咲いた」

すると、このレコード(1966年「バラが咲いた」)は、
30万枚以上を売り上げる大ヒットを記録し、

眞木さんは、同年、いきなり、
「第17回NHK紅白歌合戦」への初出場も果たされたのでした。

気ままな生活

ただ、当の眞木さんは、
あくまで、映画の「特撮」を作ることが夢で、
もともと歌手になるつもりがなかったことから、

この大ヒットを受けても、
それほど歌手としてのこだわりはなく、

1967年に、グループサウンズバンド「ザ・マイクス」
を結成したり、(翌年の1968年に解散)


左から2人目が眞木さん。

1971年に、モービル石油CMソング「気楽に行こう」や、
「キャンプだホイ」の作詞作曲を手がけられるなど、
気ままに音楽活動を続けながら、


モービル石油CMより。藤竜也さん(左)と鈴木ヒロミツさん(右)。

モータースポーツ、水上スキー、サーフィン、フィッシング、ラグビー、
スキンダイビング、フリースタイル、スキー、スノーボード、
スケートボードなどをライフワークとして楽しんでおられたそうで、

そんな趣味が高じてか、
1991年にはハワイに移住されたそうです。

テレビドラマ「ビーチボーイズ」で若い世代にも人気

こうして、自由気ままに、
人生を謳歌されていた眞木さんですが、

1997年には帰国し、
テレビドラマ「ビーチボーイズ」に出演されると、

民宿「ダイヤモンドヘッド」のオーナー役を好演し、
ドラマの大ヒットとともに、眞木さんも若い世代の人気を獲得。


「ビーチボーイズ」より。
(左から)広末涼子さん、眞木さん、稲森いずみさん。

海辺で自由気ままに生きる民宿のオーナーは、
まさに眞木さんそのもので、

眞木さんには、すっかり、
「海」「サーフィン」のイメージが、
若い世代の間に定着したのでした。

ちなみに、眞木さんは、
それまでハワイに住んでおられたため、

日本の芸能界に疎く、共演者で、当時人気絶頂だった、
反町隆史さんや竹野内豊さんを知らなかったそうで、

眞木さんは当時を振り返り、

だから、反町だ竹野内だって言われても、
どちら様ですか?みたいな状態でね。

しかも、撮って出しで、日々仕事に追われてたからね。
でも、全部終わって、改めて観てみたら泣けたよね(笑)
結構良いドラマだったと思うよ。

息子(真木蔵人さん)には、
「親父あれ芝居してねーよ。まんまじゃん。」とか言われて、
「バカお前、俺は一所懸命、芝居したんだよ!」
「いやいや、してねーよ。」みたいな掛け合いもあったよね。

と、明かされていました♪


「ビーチボーイズ」より。反町隆史さんと眞木さん。


「ビーチボーイズ」より。眞木さんと竹野内豊さん。

出演作品(テレビドラマ、映画、ビデオ)&楽曲

それでは、ここで、
眞木さんのそのほかの出演作品と楽曲もご紹介しましょう。

テレビドラマでは、

1972年「必殺仕掛人」第7話
1989年「男と女のミステリー 心はロンリー気持ちは「…」VIII」
     「華麗なる追跡 THE CHASER」
1998年「P.A.」
1999年「救急戦隊ゴーゴーファイブ」
2006年「轟轟戦隊ボウケンジャー」第15話-第16話
     「ブスの瞳に恋してる」
2017年「確証」
2018年「デイジーラック」


「救急戦隊ゴーゴーファイブ」より。
眞木さんと真木蔵人さん。

映画では、

1971年「凄い奴ら」
1989年「右曲がりのダンディー」
1998年「あぶない刑事フォーエヴァー THE MOVIE」
2003年「ハート・オブ・ザ・シー」
2004年「新しい風 若き日の依田勉三」
2005年「ふるり」


「あぶない刑事フォーエヴァー THE MOVIE」より。
(左から)本上まなみさん、柴田恭兵さん、眞木さん、舘ひろしさん。

ビデオでは、

1999年「救急戦隊ゴーゴーファイブ 激突!新たなる超戦士」
2000年「救急戦隊ゴーゴーファイブVSギンガマン」
2001年「未来戦隊タイムレンジャーVSゴーゴーファイブ」

と、マイペースに出演され、

楽曲では、

1966年「バラが咲いた」
     「からすと柿のたね」

1967年「さよならさよなら」(坂本九さんに提供)
1999年「5人(みんな)」
2000年「キャンプだホイ」
2006年「ありがとう~こころのバラ~」
2008年「のんびり行こう」

などのシングルのほか、

1990年「BORO BORO GAKU GAKU」
1997年「KO MO MAI PART」
2000年「今でも STILL」
2013年「OLD SCHOOL」

と、アルバムも、
マイペースにリリースされています♪

「マイク眞木の現在の嫁は?前妻は前田美波里!息子は?孫は?」に続く

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