岡田斗司夫の幼少期は?IQが凄い!大学は?SF?アニメ?

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先天的な心臓病を抱えながらも、知能指数が148以上もあり、幼い頃から頭脳明晰だった、岡田斗司夫(おかだ としお)さん。少年時代はSFで描かれている未来に憧れるも、1970年に万国博覧会を訪れたことで、現実を知って失望すると、その後は、SFやアニメの研究に没頭されます。


年齢は?出身は?身長は?大学は?

岡田さんは、1958年7月1日生まれ、
大阪府大阪市のご出身、

身長171センチ、

血液型はO型、

学歴は、
大阪電気通信大学経営工学科除籍、

趣味は、
SF、アニメ、

ちなみに、岡田斗司夫は本名ですが、
「斗(闘いを)司(司る)夫(ますらお)」
という意味があるそうです。

IQ148以上!頭脳明晰な幼少期

岡田さんは、先天的に心臓の欠陥があり、

0~1歳の誕生日までに泣いたら死ぬ

と医者に言われたことから、

とにかく泣かさないようにと、
とても気を遣って育てられたそうで、

岡田さんは、幼い頃から、

(世の中は)自分の思い通りになって当たり前

と、考えるような子どもだったそうです。

そして、そんな特殊な養育環境に、
輪をかけるように、

岡田さんは頭脳明晰で、幼稚園2年目にして、
すでに漢字が読めることが判明すると、
幼稚園は無意味と考え、自らの意思で退園。

さらに、小学校で受けた知能検査で、
知能指数が148以上あることを知ると、

頭が良いのなら宿題などは単なる機会損失に過ぎない

と、それ以降、勉学は放棄。

そのため、自分は他の子供とは違う、
という認識がはっきりあり、協調性は全くなかったそうです。

科学者を夢見る少年へと成長

そんな岡田さんは、お父さんが、
UFOや超能力などオカルト好きだったことから、

お父さんが買ってきたUFOやSF関連の本を読んだり、
「バビル2世」「サンダーバード」「ウルトラマン」
などが好きな、科学者を夢見る少年へと成長。

「バビル2世」

(なんと、空想上の乗り物の内燃機関について、
 お父さんとお互いに知恵を絞っておられたそうです)

心臓が悪かった岡田さんは、
このような本(漫画)に出てくる未来に、

そのうち凄い未来が来たら、俺の心臓病なんか一発で治るし、
いや全然運動なんか出来ないけども、
いや未来の仕事はボタンを押すだけだよ。

と、憧れを抱いていったのでした。

万国博覧会に失望

ところが、岡田さんが小学校6年生の時、
大阪で開催された「万国博覧会」に訪れると、

「パビリオン」といわれる建物の中は、
コンクリートのハリボテ、

「動く歩道」は、
歩いた方が速い、まさに動いているだけの歩道、

(4月~9月に行われていたため)暑さを避けるため、
とにかくクーラーのある所へ移動している大勢の人々、

水道が出っ放しの所では、
真っ裸になって水浴びをしてる子供、

などなど、このような環境の中で、
開催している万博を見て、

「人類の進歩と調和」って言っても、
これは未来なんか来ないな。

と、愕然となったそうで、

未来が来たとしても、それは、
岡田さんが思い描いているような未来ではなく、

ガワだけ綺麗なビル、ガラス張りのビルとかが、
50階建て60階建てとかがドーンと建つかもわかんないけど、

そこまで絶対に満員電車で揺られて、皆、ゾロゾロゾロゾロ行って、
やりたくもない仕事、ボタン押すだけの仕事っていうのは、
とてつもなくつまらないボタン押すだけの仕事やってる違いない。
(原文のまま)

と、はっきりと分かってしまったのでした。

1970年の日本万国博覧会(大阪)

アニメに熱中

こうして、人類の未来に絶望した岡田さんは、
中学に入ると、科学者ではなく、SF作家を夢見るように。

ただ、大量に出てくるアイデアを創作物という形にするのは、
全く別の才能だという事を悟ると、

物書きではなく、映画、特撮、アニメーション、
模型、空想科学などに没頭し、友人から機材を借りて、
自主短編映画を制作し、学校の行事などで上映。

また、高校時代には、テレビアニメ「宇宙戦艦ヤマト」
を見て衝撃を受けたそうで、

お父さんを説得して、当時30万円もするビデオデッキを、
買ってもらうと、(ビデオテープは1本だけだったため)
何度も再生しては暗記し、上書き録画を繰り返すほど、
没頭されたのでした。

「宇宙戦艦ヤマト」

大学を除籍

しかし、SFやアニメに夢中になりすぎたせいか、
大学受験には失敗。

1年間、予備校生活を送られた後、
翌年(1978年)には、コンピュータを学ぶために、
大阪電気通信大学に入学されるのですが、

ここでもまた、「SF&アニメーション研究会」
へ入部されると、学業そっちのけでアニメ活動に没頭。

映画「スター・ウォーズ」が日本で公開された時には、
「ダース・ベイダー」の衣装を自作し、コスプレ姿で、
映画館(梅田OS劇場)に出向いて行列に並ばれたそうです。

「スター・ウォーズ 新たなる希望」(1978年日本初公開)より。
(左から)マーク・ハミルさん、キャリー・フィッシャーさん、ハリソン・フォードさん。

(ちなみに、全身黒づくめで怪しさ満点だったため、
 入館は拒まれてしまったそうです)

そして、なんと、大学1年生の時には、
履修登録を忘れてしまったそうで、

ご両親には内緒のまま、4年間仕送りをもらい続け、
研究会の活動にのめり込まれたのでした。

(当然のことながら、大学からは、
 1981年に除籍処分を受けています)

「岡田斗司夫の80又彼女リストが流出?結婚は?離婚理由は?庵野秀明と?」に続く

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