「俳優座養成所」卒業後は、フリーとなり、数多くのテレビドラマや映画に出演されている、高橋長英(たかはし ちょうえい)さん。物静かながら存在感のある演技でバイプレイヤーとして活躍されているほか、独特の声を活かして、朗読劇でも活躍されています。


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年齢は?出身は?身長は?本名は?

高橋さんは、1942年11月29日生まれ、
神奈川県横浜市のご出身、

身長171センチ、
体重61キロ、

血液型はAB型、

本名は、
高橋長英(たかはし おさひで)、

学歴は、
関東学院高等学校
⇒上智大学法学部法律学科中退、

だそうです。

「俳優座養成所」に入所

高橋さんは、おじいさんもお父さんも、
弁護士という家庭で生まれ育ち、

家族からは弁護士になるよう言われていたため、
大学は法学部に進学。

ただ、大学生活は退屈だったようで、
1963年には、高校の友達に勧められ、
「俳優座養成所」(第15期生)に通い始められています。

ちなみに、高橋さんは、「俳優座養成所」に通うとモテるのでは、
と期待されたそうですが、現実はそう甘くはなかったそうです(笑)

バイプレーヤーとして活躍

そして、1966年に「俳優座養成所」を卒業されると、
その後はフリーとなられ、

1966年「若者たち」
1967年「三匹の侍」

など、テレビドラマでのゲスト出演を経て、
1968年には、「二人の恋人」で映画デビュー。

以降、テレビドラマ、映画、舞台で、
善人から悪人まで多彩な役柄を演じられ、
名バイプレーヤーとしての地位を確立されています。

出演作品(テレビドラマ、映画)

それでは、ここで、
高橋さんのそのほかの出演作品もご紹介しましょう。

テレビドラマでは、

1966年「特別機動捜査隊」第266話
1967年「七人の刑事」第266話
1968年「太陽野郎」第17話
1969年「若きいのちの日記」
1970年「大坂城の女」
1971年「柳生十兵衛」第26話

1972年「家族会議」
1973~1977年「伝七捕物帳」
1975年「俺たちの勲章」第11話
1976年「痛快! 河内山宗俊」第17話
1977年「新・木枯し紋次郎」第13話
1978~1979年「白い巨塔」

「白い巨塔」より。田宮二郎さんと高橋さん。

1979年「七瀬ふたたび」
1980年「ガン回廊の朝」
1981年「御宿かわせみ」
1982年「素浪人罷り通る 血煙りの宿」
1983年「横溝正史の鬼火 仮面の男と湖底の女」
1984~1986年「私鉄沿線97分署」

「七瀬ふたたび」より。
(左から)村地弘美さん、高橋さん、多岐川裕美さん。

「鬼火」より。風吹ジュンさんと高橋さん。

1987年「銭形平次」第22話
1988年「女性作家サスペンス 」
1989年「火曜サスペンス劇場『大奥殺人事件』」
1990年「火曜サスペンス劇場『隠し絵の女』」
1991年「松本清張作家活動40年記念・砂の器」
1992年「鬼平犯科帳 第3シリーズ」第5話

1993年「鬼平犯科帳 第4シリーズ」第5話
1994年「銭形平次 第4シリーズ」第12話
1995年「おばさんデカ 桜乙女の事件帖3」
1999年「隠密奉行朝比奈 第2シリーズ」第10話
2001年「旗本退屈男」第4話
2002年「税務調査官・窓際太郎の事件簿9」

「おばさんデカ 桜乙女の事件帖3」より。
(左から)高橋さん、市原悦子さん、布川敏和さん。

2003年「元カレ」第3話
2004年「忠臣蔵」
2005年「赤い運命」
2006年「相棒 Season 5」第3話
2007年「こどもの事情」
2008年「世直し公務員 ザ・公証人7」

2010年「ねこタクシー」
2011年「警部補・佐々木丈太郎4」
2013年「太陽の罠」
2014年「剣客商売シリーズ」
2015年「限界集落株式会社」
2016年「この街の命に」

映画では、

1968年「新宿育ち」
1969年「二人の恋人」
1970年「豹は走った」
1971年「呪いの館 血を吸う眼」
1972年「音楽」
1973年「エロスは甘き香り」

「呪いの館 血を吸う眼」より。藤田みどりさんと高橋さん。

1974年「必殺仕掛人 春雪仕掛針」
1978年「お吟さま」
1981年「漂流」
1982年「ひめゆりの塔」
1985年「タンポポ」

「タンポポ」より。(左から)加藤賢崇さん、橋爪功さん、
高橋さん、田中明夫さん。

1986年「人間の約束」
1987年「マルサの女」
1988年「マルサの女2」
1989年「帝都大戦」
1992年「復活の朝」
1993年「大病人」

1994年「さくら」
1996年「スーパーの女」
1997年「マルタイの女」
1999年「英二」
2000年「郡上一揆」

「スーパーの女」より。
(左から)宮本信子さん、松本明子さん、高橋さん。

2001年「風花」
2003年「T.R.Y.」
2005年「帰郷」
2007年「それでもボクはやってない」
2008年「山桜」
2009年「鶴彬-こころの軌跡-」

2010年「てぃだかんかん~海とサンゴと小さな奇跡~」
2011年「奇跡」
2012年「この空の花 長岡花火物語」
2013年「友だちと歩こう」
2014年「舞妓はレディ」
2018年「審判」

「友だちと歩こう」より。高橋さんと上田耕一さん。

「審判」より。高橋さんとにわつとむさん。

ほか、数多くの作品に出演されており、
特に、テレビドラマでは2時間ドラマのサスペンス、
映画では、伊丹十三監督作品に数多く出演されています。

「詩とギターの夕べ」

また、高橋さんは、俳優活動の傍ら、
1985年には、ギタリストの斉藤敏雄さん、
女優の中村たつさん、リコーダーの小俣達郎さんとともに、
朗読劇「詩とギターの夕べ」の公演に参加されると、
数年かけて全国各地130以上公演されています。

演目は、翻訳詩は使わず、音楽は中世欧州の古い旋律を用い、
フェルナンド・ソル作曲「月光」と中原中也の「月夜の浜辺」
作曲家フランシスコ・タレガの曲と金子光晴の「洗面器」
を組み合わせるなど、かなり独創的だったそうですが、

高橋さんがこの朗読劇に出演されたのは、
横浜市の関東学院中学・高校の同級生で、
横浜のモーターサイクルクラブ「ケンタウロス」
のリーダーだった飯田繁男さんに、

ギター演奏と詩を朗読するイベントをするので出演してほしい

と頼まれたことがきっかけだったそうで、

(「ケンタウロス」は、バイクだけではなく、
 能の公演など文化的な活動も熱心にやっていたことから)

高橋さんは、当時を振り返り、

ケンタウロスのイベントの一回目は1985年ですが、
のちに「詩とギターの夕べ」と題して全国各地を数年かけて回りました。

演奏はギターの斉藤(「ケンタウロス」のメンバー)、
それからリコーダーの小俣達郎くんが加わることもあった。

朗読は僕と、俳優座の中村たつさん。
けれども僕と斉藤だけで公演することも多く、
それで彼と親しくなっていったのです。

斉藤の演奏は、とても良いときと、そうでないときの落差がありました。
調子の良いときは本当に涙が出てしまうような素晴らしい音色だった。
公演の前には互楽荘で一緒に稽古したので、僕はよく行きましたよ。

と、懐かしそうに語っておられました。

(斉藤さんは、2007年に他界されたそうです)

朗読劇

そんな高橋さんは、「詩とギターの夕べ」で、
朗読の楽しさに魅せられたのか、2010年に、
地元横浜市の「岩間市民プラザ」で朗読劇を開催されると、

その後も、しばしば、
藤沢周平さん等の作品を朗読されているようで、

この朗読を見に訪れた、
アナウンサーで朗読者の小林大輔さんのブログには、

小林さんが高橋さんに、

あなたのステージでの朗読のねらいは、
どこに置いていらっしゃいますか。
よろしければ聞かせてください・・・

と手紙を書き送ると、すぐに高橋さんから、

私は聞く人に、特に感動を押し付けたり、
過剰なサービスをしようとは思いません。

藤沢周平の作品を朗読するのも、
比較的、平坦な物語の中に、下級武士や市井の人々の生活にある、
小さな感動を見い出すところが好きなんです。

と、返事があったことが綴られていました。

テレビドラマや映画で見せる落ち着いた静かな演技、
そのままの高橋さんの人柄が伺えますね。

河西健司と兄弟?

ところで、高橋さんを、
「河西健司」で多くの方が検索されているようです。

というのも、高橋さんが、俳優の河西健司さんと、
あまりにも似ているので、兄弟なのでは、
とネット上で話題となっているのです。

どちらが高橋さんで、どちらが河西さんか分かりますか?

しかし、お二人が兄弟や親戚関係にあるという情報はなく、
どうやら赤の他人のようです。

それにしても、似ています。

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妻は?息子は?孫は?

最後に、高橋さんの、
気になるプライベートですが、

奥さんは一般の方のようで、
詳しいことは分かりませんでした。

また、お子さんについても分からなかったのですが、
少なくとも、お孫さんは2人いらっしゃるようで、

高橋さんが、2014年、
徹子の部屋」に出演された際、

以前は、孫を猫可愛がりする人をバカにしていたが、
いざ自分に孫ができてみると、可愛くて仕方がない

とおっしゃっていました♪

さて、2015年には、実際にあった事件、
「目黒・中学生両親祖母殺害事件」に着想を得た、
舞台「Sweet Home スィートホーム」で、
「紀伊國屋演劇賞」を受賞されるも、

欲はないんです。
自分の好きな世界で食べていければいいので。

こういう社会と向き合うようなこと
(社会派の舞台に出演されていること)を
公私ともに続けたいだけ。

社会と関わることは人間と関わること、
それをしながら生きていこうと思っているだけです。

と、語っておられた高橋さん。

70台も後半に差し掛かる高橋さんですが、
お体には気をつけて、これかも、飄々(ひょうひょう)とした高橋節、
見せ続けてほしいですね。応援しています!!

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