八代亜紀の若い頃はキャバレー?銀座クラブ?年齢は?血液型は?本名は?

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全盛期の楽曲全てが連続ヒットし、女性演歌歌手としてはトップの総売上枚数を誇る、ベテラン演歌歌手、八代亜紀(やしろ あき)さん。そんな八代さんのルーツを調べてみました。


年齢は?出身は?身長は?本名は?

八代さんは、1950年8月29日生まれ、
熊本県八代市のご出身、

身長162センチ、

血液型はB型、

本名は、
増田 明代(ますだ あきよ)
(旧姓:橋本)

学歴は、
八代市立植柳小学校
⇒八代市立金剛小学校
⇒八代市立第六中学校卒業

趣味は、
読書、マンガ、陶芸、ショッピング、ゴルフ、

特技は、絵画、

だそうです。

幼少期から歌唱コンクールなどに参加

八代さんは、お父さんが浪曲の名手だったことから、
幼い時から子守唄代わりに浪曲を聴いて育ったそうで、

そんなお父さんの影響を受けてか、
地元の歌唱コンクールなどにも出場するほど、
歌うことが好きな子どもに育ちます。

小学2年生の頃の八代さん。

そして、12歳の時にお父さんが買ってきた、
ジュリー・ロンドン(アメリカの女優でジャズシンガー)のアルバムに、

クラブで歌う一流のシンガー

と、書いてあったのを見て、

そうか、クラブで歌うシンガーが一流なんだ、
クラブシンガーになっていっぱい稼ぐぞ。

と、クラブの歌手を目指そうと思われたのでした。

バスガイド~15歳でキャバレー~勘当

それで、中学卒業後は、歌手になる為のステップとして、
地元熊本のバス会社「九州産業交通(現・九州産業交通ホールディングス)」
に就職し、バスガイドとして勤務されたのですが、


バスガイド時代の八代さん。

仕事があまり合わなかったことや、ちょうどこの頃、
お父さんが苦労して会社を立ち上げられており、
早く稼いで助けたい気持ちもあったことから、

程なくしてバスガイドを辞め、18歳と偽って(本当は15歳)
地元熊本県八代市にある「キャバレー ニュー白馬」(現在も営業中)
のオーディションを受けると、見事合格。

ご両親に内緒で歌手として働き始めたのですが・・・

お父さんの友人がお客さんとしてやって来たことで、
働き始めてわずか3日でお父さんにもバレてしまい、

不良になったと勘違いされた八代さんは、
お父さんに勘当されてしまったのでした。

(現在では、その勘違いがあったからこそ今があると、
 お父さんの「勘違いの勘当」に感謝しておられるそうです)

銀座の高級クラブ「美人喫茶」で専属歌手に

こうして、お父さんから勘当された八代さんは、
お父さんに、本当に歌いたいことを理解してもらうため、
上京し、いとこ夫婦の家から音楽学校に通われるのですが、

上京して間もない頃の八代さん。

そんなある日、銀座の高級クラブ「美人喫茶」の、
「歌手募集」の張り紙を見つけ、

何か直感めいたものがあったのか、
即座にお店の中に入り、オーディションを受けられると、
見事、専属歌手として採用されたそうで、

私、すごくシャイで、人とうまく話せなかったけど、
クラブシンガーになって歌いたいという思いだけで、
「募集」の張り紙を見て、パッと入って、
オーディションを受けましたからね。

チャンスって、すぐ頭の上を飛んでるから、
ジャンプして手を伸ばす行為、努力をしないと、
逃げていくってスゴく感じました。

「今日から専属で。好きな歌を歌っていい」
って言われてうれしかった。

当時、初任給が7000円くらいの時代に、
10万円のサラリーでしたよ。

と、当時を振り返っておられます。

ちなみに、八代さんは、12歳の頃に憧れた、
アメリカのジャズシンガーが歌う「クラブ」と、
日本の「クラブ」を勘違いして働き始めたのですが、

八代さんが歌い始めると、お客さんや従業員の女性などが、
全員立ち上がって、フロアでダンスを始めたそうで、

それを見て、八代さんは、自分のハスキーな声が、
初めて好きになったのだそうです。

レコードデビュー

そして、その後は、八代さんの評判を聞きつけたスカウトマンが、
八代さんをレコードデビューさせようと、何人もお店にやってきたそうですが、

八代さんは、クラブでのお給料に不満はなく、
(スカウトされると、それに伴ってお給料も上がっていったそうです♪)

クラブで働いていたお姉さんたちも、

アキちゃん、あなたの歌を毎日聴けてものすごく嬉しい。

と言ってくれていたことから、

クラブでの仕事に満足しており、
当初は、デビューのオファーを断り続けていたのですが、

(※当時、このような仕事に就く女性は、父親や彼氏から、
 給料を取り立てられるような事情を持っていることがほとんどだったそうです)

その一方で、クラブで働くお姉さんたちから、

アキちゃん、私たちみたいな女性があちこちにいるの。
だからさ、レコードを出して、そういう人たちにもあなたの歌を届けて。

と、言われたそうで、

まだ10代で生意気ざかりの八代さんは、
しょうがないな~という気持ちから、
出勤前にレコード会社に立ち寄ることに。

すると、そこにはレコード会社の重役が勢揃いしており、

ちょっと歌ってみてほしい

と、言われ、その場で歌ったところ、
即座に専属契約をしてほしいと言われたのでした。

「八代亜紀!結婚は?舟唄!雨の慕情!ジャズ&ブルースも!絵画はプロ級!」に続く

そのデビュー曲が↓↓↓↓↓↓「愛は死んでも」↓↓↓↓↓↓

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