石川さゆり!結婚は?娘?津軽海峡冬景色!椎名林檎と?ルパンも!

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デビュー当初は、なかなか売れなかった石川さゆり(いしかわ さゆり)さんですが、1977年、15枚目のシングル「津軽海峡・冬景色」が大ヒットを記録すると、以降、1985年「波止場しぐれ」、1986年「天城越え」と順調にヒットを飛ばし、演歌歌手としての地位を確立。また、2014年には椎名林檎さんとコラボ、2015年には「ルパン三世」のエンディング曲を歌われるなど、ジャンルにとらわれず、幅広く活動されています。


「石川さゆりの若い頃は?年齢は?本名は?デビューは子役?島倉千代子?」からの続き

「津軽海峡・冬景色」が大ヒット

森昌子さん、山口百恵さんとともに、「ホリプロ3人娘」
として売り出されるも、一人取り残されてしまい、
地方巡業の日々を送られていた石川さんですが、

そんな石川さんを見ていた、ホリプロの社長、
堀威夫さんが、なんとかしてあげたいと、

儲からなくてもいい

と、損得勘定抜きに、大阪の「新歌舞伎座」で、
石川さんにコンサートをさせてくれたそうで、

その時に披露した曲の中で、最もファンからの拍手が多かった、
「津軽海峡・冬景色」を、15枚目のシングルとして、
1977年1月にリリースすると、ミリオンセラーを記録する大ヒット。

「津軽海峡・冬景色」

「津軽海峡・冬景色」は、もともと、1976年11月に発売された、
 アルバム「365日恋もよう」の中に収録されていた曲)

すると、この年の「FNS歌謡祭音楽大賞」では、
「最優秀グランプリ」「最優秀歌唱賞」「最優秀視聴者賞」

「第19回日本レコード大賞」
では「歌唱賞」
と数々の音楽賞を受賞され、

年末には、念願の「NHK紅白歌合戦(第28回)」にも、
初出場を果たされたのでした。

そして、その後も、石川さんは、

1977年5月「能登半島」
1977年9月「暖流」
1978年1月「沈丁花」

と、立て続けにヒットを飛ばすと、

1980年代に入ってからも、

1985年7月「波止場しぐれ」
1986年7月「天城越え」
1987年2月「夫婦善哉」
1988年6月「滝の白糸」
1989年6月「風の盆恋歌」

と、順調にヒット曲を連発され、
人気演歌歌手としての地位を不動のものとされたのでした。

椎名林檎と

演歌歌手のイメージが強い石川さんですが、
2014年には、椎名林檎さんが作詞作曲プロデュースを担当された、
「暗夜の心中立て」(116枚目のシングル)をリリースされています。

というのも、石川さんは、椎名さんのデビュー当時から、
その個性的な、歌詞、メロディ、パフォーマンスを、
素晴らしいと思われていたのですが、

2011年、「第62回NHK紅白歌合戦」で、
初めて、椎名さんのステージを生で見ると、
その素晴らしさに圧倒。

石川さんのヘアメイクさんと、椎名さんのスタイリストさんが、
たまたま仲が良かったことから、

紅白の楽屋では、

いつか一緒に楽曲を創れたらいいですね

と、話をされていたそうで、

2014年に、石川さんが、
様々なミュージシャンに曲を書いてもらって制作される、
アルバム「X-CrossII」への参加を依頼されると、椎名さんは快諾。

×-CrossⅡ-

とても気が合った二人は、

こんなことも、あんなこともやってみたいよね

と盛り上がり、椎名さんが作った曲の中から、
「暗夜の心中立て」をシングルとして発売することになったのだそうです。

ちなみに、石川さんは、この曲に関して、

細かなやりとりというよりも、
「今の時代の空気の中で何を感じているのか」
といった会話からテーマが広がることが多いんですが、

この曲に関しては、今の世の中は、
なんて不条理なことが多いんだろうっていう話の中で、
椎名さんが「何か」をすくいとって創って下さって

と、おっしゃっているのですが、

曲が完成した後は、椎名さんに会う機会が減って、
とても寂しくなったそうで、

以来、プライベートでも、椎名さんと一緒に、
椎名さんのオススメのライブを見に行ったり、遊びに行くなど、
すっかり椎名さんの世界にハマっているとのことでした♪

結婚~離婚理由は?

そんな石川さんは、1981年、23歳の時、
7歳年上の(当時)マネージャー、馬場憲治さんと結婚されると、

その後、1984年には女の子を出産されるのですが、
1989年には離婚されています。

石川さんと馬場憲治さん。

で、その気になる離婚理由ですが、

石川さんは、出産した翌年から、
ご主人の実家で暮らすようになるのですが、

実家は、お姑さんほか、ご主人の兄弟4家族、
合計13人が暮らす大家族。

そのうえ、お姑さんから、
泊まりの仕事を禁止されていたそうで、

相当なストレスだったことは、
想像に難くないですね。

また、それが引き金になったのかは分かりませんが、

石川さんは、1980年代後半頃、
石川さんのアルバムのプロデュースを担当された、
音楽プロデューサー喜多嶋修さんと不倫関係となっており、
直接的には、このことが離婚原因だったのかもしれません。

(ちなみに、喜多嶋さんも、内藤洋子さんと結婚されていたことから、
 W不倫ということになります)

娘は?

ところで、石川さんが、1984年に、
出産された娘さんは、佐保里さんといい、

2012年には、「ホンダ・フィットシャトル ハイブリッド」
のCMで親子共演を果たされているのですが、
それ以外は芸能活動はされていないようです。

「ホンダ・フィットシャトル ハイブリッド」のCMより。
佐保里さん(左)と石川さん。

また、お二人は、2017年現在、同居されており、
お互いの洋服や靴を貸し借りするなど、
親子の仲はとても良いそうです♪

さて、いかがでしたでしょうか?

デビュー当初は売れず、少し出遅れるも、
その後は長らく第一線で活躍され、はや60代の石川さん。

それでも、

歌を歌って、聴いていただくことをずっとやってきたわけですから、
「もうこれでいいや」なんて思ったら、
みなさんに申し訳ないし、自分もつまらないですから。

かと言って、やたらめったと手を出しているつもりはなくて、
ちゃんと腹を据えて、みなさんに聴いていただきたい、
と思えるものを創っているので、良い形で伝えていけたら嬉しいですね。

と、今もなお、歌うことへの情熱は衰えていないようで、
それが、いつまでも若々しく美しい秘訣なのかもしれませんね。

これからも石川さんからは、
まだまだ、目が離せません!!

ちゃんと言わなきゃ愛さない / 石川さゆり (ルパン三世 ED)

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