1951年、「劇団民藝」に第1期生として入団されると、以降、1971年に脱退されるまで、数多くの舞台に出演された、佐々木すみ江(ささき すみえ)さん。その後は、舞台と並行して、テレビドラマや映画に出演され、名脇役として欠かせない存在となっています。

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年齢は?出身は?身長は?本名は?

佐々木さんは、1928年6月22日生まれ、
東京府(現:東京都)のご出身、

身長160センチ、

靴のサイズは24センチ、

血液型はA型、

学歴は、
日本女子大学家政学科卒業、

ちなみに、
佐々木すみ江は本名です。

若い頃は「劇団民藝」で活動

佐々木さんは、1950年、結成したばかりの「劇団民藝」(当時は「東京民衆芸術劇場」)に第1期生として入団し、翌年の1951年には、「その妹」(武者小路実篤作)で初舞台を踏まれると、以降、数多くの舞台に出演され、

1955年には、「楡の木陰の欲望」で、「第5回新劇演技賞」を受賞されるのですが、1971年には、劇団設立者である宇野重吉さんに対する劇団運営への不満から、下条正巳さん、鈴木瑞穂さんら18人とともに退団。


「劇団民藝」時代の佐々木さん(中央)。
左は滝沢修さん、右は細川ちか子さん。

その後は、

1973年「移動」(別役実作)(第8回紀伊国屋演劇賞受賞)
1984,1985年「にごり江」蜷川幸雄演出)
1987年「貧民倶楽部」
1988年「欲望という名の市電」
1992年「頭痛肩こり樋口一葉」(井上ひさし作、木村光一演出)

など、様々な舞台に出演しつつ、テレビドラマや映画にも積極的に出演されるようになり、名バイプレイヤーとして作品に欠かせない存在となられました。

出演作品(テレビドラマ、映画)

それでは、ここで、佐々木さんのそのほかの出演作品もご紹介しましょう。

テレビドラマでは、

1959年「喧嘩太郎」
1964年 NHK大河ドラマ「赤穂浪士」
1965年「風雪」
1970年「坊つちやん」
1971年「絵島生島」

1972年 NHK大河ドラマ「新・平家物語」
1973年「飛び出せ!青春」第43話
1975年「わが美わしの友」
1976年「女の勲章」
1977年「赤い月」


「赤い月」より

1978年「事件」
1979年 NHK大河ドラマ「草燃える」
1980年 NHK大河ドラマ「獅子の時代」
1981年「夢千代日記」
1982年「淋しいのはお前だけじゃない」

1983年「約束の地」
1984年 NHK朝の連続テレビ小説「ロマンス」
1985年 NHK大河ドラマ「春の波涛」
1986年「火曜サスペンス劇場『穴』」
1987年「銭形平次」第33話
1988年 NHK大河ドラマ「武田信玄」


「約束の地」より。(左から)香川京子さん、佐々木さん、
南田洋子さん、下元勉さん。

1989年「火曜サスペンス劇場『火刑都市』」
1990年「一緒に暮らしたい」
1991年 NHK朝の連続テレビ小説「君の名は」
1992年「外科医有森冴子」
1993年「引っ越せますか」
1994年「火曜サスペンス劇場『九門法律相談所』」

1995年「十時半睡事件帖」
1996年 NHK朝の連続テレビ小説「ひまわり」
1997年「薔薇の殺意~虚無への供物」
1998年 NHK大河ドラマ「徳川慶喜」
1999年「リング~最終章~」
2000年「ストレートニュース」

2001年「嫁はミツボシ。」
2002年 NHK朝の連続テレビ小説「さくら」
2003年「またのお越しを」
2004年「コスメの魔法」
2005年「女系家族」
2006年「弁護士のくず」


「さくら」より。(奥左から)阿部修也さん、浅田美代子さん、
奥村公延さん、佐々木さん、河西健司さん、(手前左から)
江成正元さん、飯泉征貴さん、長澤まさみさん、高野志穂さん。

2007年「花より男子2(リターンズ)」
2008年 NHK大河ドラマ「篤姫」
2009年「坂の上の雲」
2010年「怪物くん」
2011年「赤い指」
2012年「キルトの家」


「篤姫」より。佐々木さんと宮﨑あおいさん。

2013年「かすてぃら」
2014年「終の棲家」
2015年「わたしをみつけて」
2016年「福岡発地域ドラマ たからのとき」
2017年「絆~走れ奇跡の子馬~」
2018年 NHK大河ドラマ「西郷どん」


「西郷どん」より。

映画では、

1954年「どぶ」
1955年「狼」
1956年「病妻物語 あやに愛しき」
1958年「婆なき顔役」
1959年「危険な女」

1961年「大人と子供のあいの子だい」
1962年「おとし穴」
1963年「にっぽん昆虫記」
1965年「血と海」
1966年「こころの山脈」


「おとし穴」より。佐々木さんと井川比佐志さん。

1967年「非行少年 陽の出の叫び」
1968年「朝霧」
1969年「私が棄てた女」
1970年「戦争と人間」
1971年「婉という女」

1972年「海軍特別年少兵」
1977年「竹山ひとり旅」
1978年「愛の亡霊」
1979年「天使を誘惑」
1980年「ツィゴイネルワイゼン」


「天使を誘惑」より。(左から)三浦友和さん、山口百恵さん、
蟹江敬三さん、岸部一徳さん、佐々木さん。

1981年「幸福」
1982年「さらば愛しき大地」
1983年「みゆき」
1984年「チーちゃんごめんね」
1985年「野蛮人のように」

1987年「吉原炎上」
1988年「バカヤロー! 私、怒ってます」
1989年「花物語」
1992年「女殺油地獄」
1993年「夢の女」


「吉原炎上」より。佐々木さんと左とん平さん。

1994年「怖がる人々」
1999年「のど自慢」
2002年「おぎゃあ。」
2005年「さよならみどりちゃん」
2006年「怪談新耳袋」

2007年「北辰斜にさすところ」
2008年「天国からのラブレター」
2009年「銀色の雨」
2011年「僕と妻の1778の物語」
2012年「HOME 愛しの座敷わらし」


「北辰斜にさすところ」より。(左から)佐々木さん、
三國連太郎さん、林隆三さん。(遺影は織本順吉さん)

2013年「ペコロスの母に会いに行く」
2014年「サクラサク」
2017年「相棒 -劇場版IV- 首都クライシス 人質は50万人! 特命係 最後の決断」
     「グッバイエレジー」

2019年「歩けない僕らは」


「グッバイエレジー」より。佐々木さんと大杉漣さん。

ほか、数多くの作品に出演されており、意地悪そうなおばあさんから、優しく包容力のある役どころをまで、あらゆる役を演じられています。

なかでも、2008年の大河ドラマ「篤姫」での、厳格な養育係菊本役では、

女の道は一本道でございます

のセリフで、若い世代にも広く知られるようになられました。

夫は?子供は?

そんな佐々木さんの、気になるプライベートですが、

佐々木さんは、産経新聞編集局長で、筑波大学教授・名誉教授も務められた青木彰さんと結婚されています。

お二人の馴初めなど、詳しいことは分かりませんでしたが、佐々木さんがお芝居の世界に入られる頃(1951年)には、すでに婚約されていたそうで、2003年に青木さんが他界されるまで、50年以上に渡って連れ添われています。

(青木さんの葬儀の喪主は佐々木さんが務められているので、お子さんはいらっしゃらないと思われます)

ちなみに、青木さんは、親友だった作家の司馬遼太郎さんが他界された後、司馬さんの小説「坂の上の雲」の映像化を巡り、NHKと交渉されていたのですが、そんな中、病に倒れられ、エグゼクティブ・プロデューサーの西村与志木さんに、

いい作品を

と固い握手を交わした際、

うちのばあさん(佐々木さん)を(作品で)使ってやってくれないか

と、小さな声で頼まれ、その数日後に息を引き取ったそうで、

そのことを、西村さんが、「青木さんの7回忌の集い」で明かされると、それを聞いた佐々木さんは、

何も教えずに逝っちまって けっ飛ばしてやる

と、照れながら、青木さんの遺影に向かって、蹴飛ばすような真似をし、会場を沸かせておられたそうです。

さて、いかがでしたでしょうか?

当初、「劇団民藝」は、多くの人々の生きてゆく歓びと励ましになるような民衆に根ざした演劇集団で、旧ソ連のお芝居を中心に演劇活動をしていたことから、

「劇団民藝」時代には、奈良岡朋子さんとともに旧ソ連の演劇を勉強するため、1ヶ月もの間、旧ソ連に滞在されたこともある佐々木さん。

まだ海外旅行がそれほど自由ではなかった時代に、旧ソ連までお芝居を勉強しに行かれるという情熱は、凄いの一言ですが、現在、90歳を回って、なお現役で女優を続けておられるのも凄すぎ。

これからも、出来るだけ長く、素晴らしい演技を見せ続けてほしいですね。

応援しています!!

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死因は?

佐々木さんが、死去されたことが、2019年2月19日に判明しました。

詳細は20日に所属事務所が発表するとしていますので、分かり次第、お知らせいたします。

https://www.youtube.com/watch?v=9ORNacPp00A

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