若林豪の狩矢警部は山村美紗指名!妻は?息子は?娘は?病気だった?

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「Gメン’75」終了後も、山村美紗さんのサスペンスシリーズなどに出演し、渋くダンディな魅力で人気を博した、若林豪(わかばやし ごう)さんですが、2008年には、名古屋公演中に突然倒れられ、緊急手術を受けられています。


「若林豪の若い頃は?年齢は?ハーフ?新国劇?Gメン?」からの続き

山村美紗の「赤い霊柩車」シリーズ等で狩矢警部が当たり役に

「Gメン’75」が高視聴率を記録し、
ダンディな魅力で、たちまちブレイクされた若林さんは、

1983年「Gメン’75」放送終了後も、変わらずダンディな魅力で、
時代劇や2時間もののサスペンスを中心に活躍されているのですが、

特に、1989年、山村美紗サスペンス、
「京都茶道家元殺人事件」で主人公の狩矢警部に起用されると、

(原作者の山村さんが、テレビ化するなら、
 「この役は絶対に若林さん」と一押しだったことから)

以降、

山村美紗サスペンス「京都・島原殺人事件」 (1990年)
山村美紗サスペンス「京都・天の橋立殺人事件」(1992年)
山村美紗サスペンス「京都・浜名湖殺人事件」(1993年)
山村美紗サスペンス「京都・徳島 平家伝説殺人事件」(1993年)
山村美紗サスペンス「京都・グアムミステリーツアー」(1995年)

「京都・島原殺人事件」(1990年)より。加納みゆきさんと若林さん。

などで、狩矢警部を演じられたほか、

1992年からスタートした、同じく、山村美紗サスペンス、
「赤い霊柩車シリーズ」でも狩矢警部役を演じ続け、

なんと、局をまたいで50回以上も、
狩矢警部役を演じられています。

「赤い霊柩車35 黒の審判」(2015年)より。
(左から)片平なぎささん、松永博史さん、若林さん。

病気だった

ところで、若林さんは、2008年、
「慢性硬膜下血腫」で緊急手術を受けられています。

実は、2008年、仕事を終え、
奥さんの運転する車で家に向かっていた若林さんは、

信号待ちのため交差点で車が止まった瞬間、
後続の車に追突されてしまい、後頭部を背もたれに強打。

その時、首に軽い痛み感じたため、検査をしたところ、
「軽いむち打ち症」と診断されたのですが、

その直後から、セリフが覚えられなくなる、記憶がなくなる、
感情がなくなる、まっすぐ歩けなくなるなど、
体に異変を感じるようになったそうで、

心配した奥さんに促され、再検査するも、
診断結果は、なぜか異常なし。

しかし、事故から40日ほど経った名古屋での公演後、
ついに足が動かなくなって、崩れるように倒れ、
病院に運ばれて検査を受けると、

ようやく「慢性硬膜下血腫」と診断され、
結果、牛乳瓶1本分ほども溜まっていた血を抜く、
緊急手術を受け、無事退院されたのでした。

ただ、退院してから5日目、再び、足に麻痺が起こったため、
検査を受けると、血を抜いた場所に再び血が溜まっていたそうで、
再び手術で血を抜いて、ようやく完治。

その後、2009年の大河ドラマ、
「天地人」で復帰されています。

「天地人」で島左近を熱演する若林さん。

(名古屋での公演「魔術の女王 天勝物語」は降板されています。)

「慢性硬膜下血腫」

ちなみに、若林さんを襲った「慢性硬膜下血腫」は、
脳の血管が破れて流れ出た血液が、少しずつ、
硬膜(脳を包む膜)と脳の表面の間に溜まり続ける病気で、

ほんのわずかづつしか出血しないため、
初期の頃は検査を受けても発見されにくく、

検査結果に現れるまでには、
2週間~3ヶ月かかることもあるそうで、

若林さんのように、体の異変を感じながらも、
どうすることもできず、手をこまねいているうちに、
病状が進むという恐ろしい病気。

実際、若林さんも、手術を受けられた際には、
5人のお子さんたち(内2人か海外から)が、
駆けつけられたほど、危険な状態だったそうです。

妻は?

そんな若林さんは、一般女性と結婚されているそうで、
奥さんとの馴初めなど、詳しいことは分かりませんでしたが、

若林さんは、30代で個人事務所を設立され、
出演作品や出演料を決めるときは、
奥さんに相談されていたそうなので、
公私共に良きパートナーだったのでしょうね♪

(その後、若林さんは67歳で「東宝芸能」へ移籍されています)

息子は?娘は?

ちなみに、奥さんとの間には、
3人の息子さんと2人の娘さんがいらっしゃるそうで、
(年齢などは不明)

長女はスウェーデン人と、次女はドイツ人と結婚し、
二人とも現在は海外に在住。

長男は、病気なのか、小学生の時に急に立てなくなってしまい、
現在は杖をつきながら、四国で公務員をされているとのこと。

次男は、大学を卒業すると、就職も決まっていたのに、
なぜか、突然、お坊さんになると言って家を出ていき、
現在は、静岡県の東寿院というお寺で住職をされているそうです。

最後に、1973年生まれの三男は、
俳優をされている若林久弥(わかばやし ひさや)さんで、

親の七光りと言われるのが嫌なのか、
久弥さんが嫌がっているため、共演されたことはないとのことでした。

そして、2016年現在、若林さんには、
6人のお孫さんがいらっしゃるそうで、
目に入れても痛くないほど、かわいくてたまらないそうです♪

さて、いかがでしたでしょうか?

2013年に、武士道の義をテーマにした映画
「蠢動~しゅんどう~」で城代家老役を演じられると、

武士道とは美しきもの。

人、年長者を敬い、家族を守る。
弱気を助け、強きをくじく。

その精神を持つと、自分が豊かになれる。

と、語っておられた若林さんですが、

若林さんが、若い頃から2枚目俳優としてもてはやされながらも、
浮ついた噂がないのは、そういう信念からなのでしょう。

また、現在は、俳優として、
他の人の人生を生きる(演じる)ことに、
喜びをかみしめられているそうで、

5歳の時、原爆で亡くなった従兄弟をはじめ、
多くの人々が送るはずだった様々な人生を、
代わりに生きることを使命とされているのかもしれませんね。

80歳間近の若林さんですが、
これからも、魂のこもった演技には注目です!!

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