アントニオ猪木の若い頃は?国籍は?力道山から壮絶な虐待!米武者修行時代は?

Sponsored Link

デビュー後、力道山さんの付き人になるも、力道山さんから壮絶な虐待を受け続けた、アントニオ猪木(アントニオ いのき)さん。やがて、我慢の限界に達し、「日本プロレス」を辞めることを考え始めるのですが、1963年には、力道山さんが突然死去。そして、翌年の1964年には、当時の出世の切符だった海外修行が実現します。


「アントニオ猪木の本名は?身長は?ブラジルで奴隷労働?砲丸投げ優勝?」からの続き

若い頃は力道山から壮絶な虐待の日々

そんな猪木さんを待っていたのは、
プロレスラーとしての華々しい日々ではなく、

力道山さんからの想像を絶する虐待の日々。

例えばそれは、

  • 力道山さんにクルーザーに乗せてもらうも、海の真ん中で突然、

    寛至(猪木さんの本名)、降りろ

    と言われて、無理やり降ろされ、1時間半海を泳いで東京に帰った

  • 汽車で移動する時、疲れてうたた寝をしてしまい、
    火のついた葉巻を押し付けられた
  • 飼い犬を番犬として教育する際の実験台にされた
  • 暴力団関係者の前で、一升瓶を息継ぎせずにラッパ飲みさせられた
  • ゴルフクラブで思いきり頭を殴られたり、トイレに行こうとしたところ、
    背中を突然、ゴルフクラブで殴られるなど、理由も分からずよく殴られた
  • 名前をちゃんと呼ばれたことはほとんどなく、
    いつも、「アゴ」「おいアゴ」で、機嫌が悪いと、

    「乞食野郎」
    「この移民のガキ、ブラジルへ追っ帰すぞ」

    と、怒鳴られた

などで、

中でも、力道山さん見たさに大勢のファンが詰めかけていた、
巡業先の旅館で、力道山さんにリングシューズを履かせた際、

紐の掛け違いをしただけで、

なんだその履かせ方は、この移民野郎!

と怒鳴られ、持っていた靴ベラをひったくられて、
頬を思いきり打たれたことは、最も屈辱的だったそうで、

人目が気になる年頃に、大勢の人たちが見ている前で、
恥をかかされた悔しさは今でも忘れられないそうです。

力道山さん(左)と猪木さん。

ちなみに、猪木さんと同じ日に入門し、
同じ日にデビューされたジャイアント馬場さんは、

元プロ野球選手で知名度もあったためか、
力道山さんの付き人を経験することなく、

デビュー後は、すぐにアメリカ遠征に出され、
お給料も出たそうですが、

そんな馬場さんでさえ、力道山さんのことは、

人間として何一つ魅力のない人だった

と、おっしゃっていたそうです。

力道山死去~アメリカへ武者修行

こうして、あまりにひどい、
力道山さんからの仕打ちに耐えかねた猪木さんは、
日本プロレスを辞めようと考えていたのですが、

1963年12月15日、力道山さんが、
暴力団組員とのトラブルで刺された傷がもとで亡くなると、

俺は日系ブラジル人と言われてましたが、
(力道山さんによって日系ブラジル人として売り出されていたため)
れっきとした神奈川県出身の日本人です。

力さんの付き人になってからは何時も力さんに殴られるので、
このままでは馬鹿になってしまうと思って
(日本プロレスを)辞めようと思ってました。

でも力さんが亡くなったので、
これからは豊登さんについて行きます。

と、日本プロレスでプロレスを続けることを決意。

それでも、猪木さんは、
すでに海外で活躍されていたジャイアント馬場さんに、
遅れをとっていることに焦りを感じていたのですが、

アメリカのプロレスラー、
サニー・マイヤースさんに実力を認められて、

アメリカでもトップを取れる

と、アメリカへ行くことを誘われると、

折よく、以前から目をかけてくれていた、
先輩レスラーの豊登道春(とよのぼり みちはる)さんが、
力道山さん亡き後の「日本プロレス」のトップに就任されており、

豊登さんよりそのチャンスが与えられ、
翌年の1964年、念願の渡米。

渡米後は、「トーキョー・トム」「リトルトーキョー・ジョー」
「カンジ・イノキ」
など、様々なリングネームを使って、
西海岸、中西部、南部を転戦し、

当時、無法プロレス地帯と言われていたテキサス州に乗り込むと、
デューク・ケオムカと組み、フリッツ・フォン・エリック、
キラー・カール・コックスを見事に破って当地のタッグタイトルを獲得。

その後、テネシー州に転戦されると、今度はヒロ・マツダとタッグを組み、
NWA認定世界タッグ選手権も獲得するなどの活躍をされたのでした。

そして、海外修行を始めて2年あまりが過ぎた1966年3月10日、
猪木さんは、ジャイアント馬場さんや吉村道明さんらとともに、
合同練習をするため、ハワイに移動していたのですが、

突然、豊登さんが猪木さんを訪ねてきます。

「アントニオ猪木は昔東京プロレス?ジャイアント馬場と?日本プロレス追放?」に続く

(左から)ジャイアント馬場さん、猪木さん、力道山さん。

Sponsored Link

Sponsored Link

関連記事

コメントは受け付けていません。

サブコンテンツ

このページの先頭へ