工藤夕貴の若い頃は?父親は演歌歌手!16歳でハリウッドデビュー!

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1983年、中学1年生の時にスカウトされて芸能界入りすると、いきなり、同年、音楽番組「ザ・ヒットステージ」で、毒舌少女として話題となった、工藤夕貴(くどう ゆうき)さん。その後は、アイドル、タレント、女優と、様々な分野で活躍し、1985年には、主演映画「台風クラブ」で、若手実力派女優としての地位を確立。16歳の頃からは、ハリウッドを目指すようになります。


年齢は?出身は?身長は?本名は?父親は?

工藤さんは、1971年1月17日生まれ、
東京都八王子市のご出身、

身長158センチ、

学歴は、
堀越高等学校卒業、

趣味は、
作詩、アロマテラピー、アニマルテラピー、ガーデニング、
写真、陶芸、畑仕事、ゴルフ、自転車、空手、登山、
スキューバダイビング、スキー、

特技は、
英会話、日曜大工、

ちなみに、工藤夕貴は本名で、
お父さんは、演歌歌手の井沢八郎さんです。

酒癖の悪い父~母は家出~学校ではいじめ

工藤さんは、子どもの頃、
普段はとても優しいお父さんが、お酒を飲むと一転、
怒り狂って、お母さんに手当たり次第、物を投げつけ、

工藤さんが3歳の時には、ついに、工藤さんまで、
ソファに向かって投げつけたそうで、

それ以来、工藤さんは、お父さんが普段のやさしい時でさえ、
側にいるだけで緊張するほど怖くなってしまいます。


工藤さんのお父さん(演歌歌手の井沢八郎さん)

さらに、工藤さんが小学校1年生の時には、
お母さんが、そんなお父さんに耐えきれず、
工藤さんと弟さんを置いて家出。

その後、お母さんの代わりとして、
お手伝いさんが来るようになるのですが、

そのお手伝いさんからは、女性は汚れているという理由で、
工藤さんの洗濯物だけ別で洗われたり、
弟と食べるもので差をつけられたりされ、

そのうえ、学校では、生まれつき茶色い髪の毛だったため、
「外人」と言われたり、芸能人の子どもということで、
いじめられる辛い日々を過ごされたのでした。

若い頃は~スカウトされて芸能界入り

しかし、1983年、中学1年生の時に、
渋谷でスカウトされて芸能界入りし、

同年、出演された音楽番組「ザ・ヒットステージ」で、
司会の小堺一機さん相手に、アイドルメッタ斬りトークを繰り広げると、
その毒舌ぶりが注目の的に。

その後は、ハウス食品のお湯をかけるだけの即席麺、
「ハウスヌードル303」のCMにセーラー服にやかんを持った姿で登場し、
「お湯をかける少女」として注目を集め、

翌年の1984年には、「逆噴射家族」で映画デビューして、
挿入歌「野性時代」を歌い、アイドル歌手としてもデビュー、

「逆噴射家族」より。(左から)有薗芳記さん、植木等さん、
小林克也さん、倍賞美津子さん、工藤さん。

「野性時代」

さらに、ラジオ番組「ハッとミラクルアイドルナイター」では、
中学生ながら、パーソナリティを務め、

バラエティ番組「オレたちひょうきん族」にゲスト出演した際には、
「ひょうきん懺悔室」で頭から水をかけられて、
「うらめしやー!」と叫ぶなど、コミカルな一面も披露するなど、
工藤さんは、一躍人気者になったのでした。

そして、1985年には、
映画「台風クラブ」(相米慎二監督)で主演に起用されると、

同映画が「第1回東京国際映画祭のヤングシネマ部門」で大賞を受賞し、
主演の工藤さんも若手実力派女優としての地位を確立。

「台風クラブ」より。三上祐一さんと工藤さん。

以降、女優業を中心に活動されたのですが・・・

アイドルとしての成功に物足りなさを感じる

実は、工藤さんがデビュー以来、様々なことに挑戦してきたのは、
これまでの家庭環境から、自分が誰からも必要とされず、
何もできない人間のように感じていたためで、

ほめられることならなんでもしたい、認められたい、
という一心で頑張っていたのですが、

アイドル・タレントとして成功したことで、
一般のオーディションからは声がかからなくなり、

次第に、新しいチャンスを掴むことができなくなったことに、
物足りなさを感じるようになってきたのでした。

16歳でハリウッド映画「ミステリー・トレイン」に出演

そんな折、工藤さんは、ある映画監督から、

「アカデミー賞女優でさえ、新人と一緒にオーディションを受ける」

という、実力主義社会であるハリウッドの話を聞き、
そのシステムに憧れを抱くようになったそうで、

ぼちぼちと英語の勉強を開始した矢先、
ある映画会社から、ジム・ジャームッシュ監督の、
「ミステリー・トレイン」に出てみないか、という話が舞い込みます。

「ミステリー・トレイン」より。工藤さんと永瀬正敏さん。

そこで、工藤さんは、すぐに台本が欲しいと言って、
見せてもらうと、すごく面白い役だったため、「ぜひ」と返事。

ただ、当時、撮影地の米メンフィスのユニオンの規定では、
17歳以下は撮影に参加できないということが判明。
(この当時、工藤さんはまだ16歳)

しかし、あきらめきれない工藤さんは、
自ら監督と話をさせてほしいと頼み込んで、
監督と話す機会を得ると、

18歳ということで参加させてほしいと猛アピール。

すると、ジャームッシュ監督は、その熱意に打たれたのか、
バレると刑務所行きになると知りつつも、

たとえそうなっても、この役はユウキにやってもらいたい。

と、言ってくれたそうで、

工藤さんは、念願の、
ヒロイン、ミツコ役に起用されたのでした。

「工藤夕貴の現在の夫は?顔が激変?山女日記で登山?富士山でカフェも?」に続く

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