小林克也の妻子は?ビルド?ラジオで伊武雅刀とスネークマンショー!YMOとも?

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ラジオDJデビューするも、本来のアメリカンスタイルとはかけ離れた、日本の「アメリカンスタイル」に不満をかかえていた小林克也(こばやし かつや)さんですが、仕事として求められることはこなしつつ、いかに、やりたいことに近づけることができるかを試行錯誤した結果、ついに、「ベストヒットUSA」で自身の型を確立されます。


「小林克也の若い頃は?年齢は?モノマネで英語上達?通訳案内士も!」からの続き

アメリカンスタイルに対する葛藤も

主に洋楽を紹介するラジオ番組「バブリング・ポップ」の、
DJでデビューし、一躍ラジオ界の寵児となった小林さんですが、

実は、ラジオの現場は、
あまりにも想像していたものとは違って、

アメリカのラジオで大切にされている、
前奏で気持ちよく歌の世界に入れるように、
曲によって声のトーンやテンポを変えることも、

この曲があまりにもホットだから、
こないだアンテナの上に鳥が止まって焼け死んだ。

などの、アメリカンジョークが入ることもなく、

ただただ、

このアーティストはフィラデルフィア出身で、
この曲はサード・アルバムからのシングルカットで・・・

と、調べたら分かるような、決まりきった曲の紹介をし、

曲の前奏中に早口で話すことを、
「アメリカンスタイル」と呼んでいたそうで、

小林さんは、そんなものは「アメリカの心」ではないと感じ、

音楽は勉強じゃないんだから、
もっと曲の面白さを伝える紹介や演出があるんじゃないか。

と、アメリカンジョークを言うも、全くウケず、

次第に、自分のやりたいこととは別に、
仕事ではやるべきことがあることも理解するようになり、

仕事としてやるべきことをやりつつ、
やりたいことにどのように近づけるのかを、
考えるようになっていきます。

ラジオで伊武雅刀と「スネークマンショー」!YMOとも!

そして、ラジオの世界に入って6年目の1976年、ついに、
憧れていたアメリカの演出に近いラジオ番組「スネークマンショー」を、
選曲家の桑原茂一さんとともにラジオ大阪でスタートすると、

当初は、小林さんが効果音などを使って、
「スネークマン」というキャラを演じ、

教養的な解説なしに自分たちで選んだ音楽を紹介する、
「DJスネークマンによる音楽番組」だったのですが、

次第にネタが尽き、当時声優だった、
知り合いの伊武雅刀さんを呼んで、

ラジオ劇のように、2人の掛け合いによるコントを、
番組の曲間に挟む形式に変化させたところ、

当時としては、シュールで過激、不謹慎なネタ、下ネタ、
を連発するコントが話題を呼んで、マニア的なブームを巻き起こし、
大阪ローカルから東京に進出。

(左から)桑原茂一さん、小林さん、伊武雅刀さん。

さらに1980年には、テクノバンド「YMO」のアルバム、
「増殖」の曲間に「スネークマンショー」が収録されて、
音楽業界への知名度もアップしたのでした。

増殖

「ベストヒットUSA」

こうして、小林さんは、

子どもの頃からやっていた遊びが、
思わぬところで役立つことを知ったのもこのとき。

やりたいことに近づけた仕事ですし、
新しいことに挑戦し続けることで表現の幅も広がりました。

と、着実に理想に歩を進めると、

同年には、従来の演芸番組とは一線を画した、
アメリカのショー番組風のバラエティ番組「THE MANZAI」で、

出囃子の代わりに、ジャズをバックに、
小林さんが英語のナレーションをされ、
若者ウケするテレビ向け漫才の確立に貢献。

翌年の1981年には、
深夜番組「ベストヒットUSA」で司会を務め、

洋楽のミュージックビデオを紹介したり、小林さん自ら、
数多くの来日アーティストにインタビューを行うなど、
本格的な洋楽番組として人気を博したのでした。

「ベストヒットUSA」より

映画「逆噴射家族」に主演~「ザ・ナンバーワン・バンド」も

ちなみに、この「ベストヒットUSA」は、
カメラの位置が固定されていて、

小林さんが画面に映る部分が映像的に変わり映えせず、
視聴者が飽きてしまう、という問題を抱えていたのですが、

小林さんは、試行錯誤の結果、
せいぜい飽きずに聞いてくれるのは20秒と判断し、

その時間内で、紹介したい曲の情報を伝えるようにすると、
「情報が詰まっている」と高評価を得たそうで、

その後は、各方面から引っ張りだことなり、
1984年には、映画「逆噴射家族」で主演に抜擢。
「ベストヒットUSA」を観た、映画監督の石井聰亙さんからオファー)

「逆噴射家族」より。(左から)有薗芳記さん、植木等さん、
小林さん、倍賞美津子さん、工藤夕貴さん。

また、1981年には、「小林克也&ザ・ナンバーワン・バンド」
を結成されると、現在もDJ活動のかたわらバンド活動を続けておられます。

ビルド?

ところで、小林さんを「ビルド」
で、多くの人が検索されているようです。

というのも、この「ビルド」とは、
特撮ドラマ「仮面ライダービルド」での変身ベルトのことで、

「仮面ライダービルド」

変身時の、

ベストマッチ!

という掛け声を小林さんが担当。

2017年9月2日に発売された「DXビルドドライバー」にも、
しっかりと小林さんの声が入っているそうで、

「DXビルドドライバー」

アイテムである2本の「フルボトル」「うさぎ」
「戦車」を装着した時の、

ラビットタンク!

という英語の発音が素晴らしく、
声の聞き心地もとても良いと好評とのことでした♪

妻は?息子は?別荘?

そんな小林さんの、
気になるプライベートですが、

奥さんは一般の方のようで、
詳しいことは分かりませんでした。

ただ、小林さんは、「湘南」の、
海岸沿いの海が一望できる場所に別荘をお持ちで、

この別荘にいる時は、奥さんとよく、
「湘南シーササイドカントリー倶楽部」で、
ゴルフをされているのだそうです。

(もともと、小林さんのサーファーの友人が購入予定だったそうですが、
 その友人が金銭面で購入を諦めたため、他の人が買うくらいなら、
 自分が買おうと、小林さんが1億5000万円で購入されたのだとか)

また、「息子」で多くの人が検索しておられますが、
息子さんではなく、娘さんがいらっしゃるようです。
(奥さん同様に詳しいことは分かりませんでした)

さて、いかがでしたでしょうか?

「FUNKY FRIDAY」「ベストヒットUSA」
「小林克也 Music Machine Go! Go!」
など、
今もなお、現役でラジオのDJとして活躍されており、
80歳まではラジオの現場に立ち続けたいと話す小林さんですが、

現在のDJを聞いていると、
90歳ぐらいまで続けられそうなお元気さ。

これからも、お体には気をつけて、
頑張ってほしいですね。

応援しています!!

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