渡辺徹の少年時代は?若い頃は太陽にほえろ!約束でキョンキョンと!

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高校卒業後の1980年、「文学座」の演劇研究所に入られると、翌年の1981年には、いきなり人気ドラマ「太陽にほえろ!」で、新人「ラガー刑事」役に抜擢されブレイクされた、渡辺徹(わたなべ とおる)さん。1982年には、アイドル歌手としもデビューし、セカンドシングル「約束」が大ヒットを記録します。

年齢は?出身は?身長は?本名は?

渡辺さんは、1961年5月12日生まれ、
茨城県古河市のご出身(栃木県小山市生まれ)、

身長180センチ、

血液型はA型、

学歴は、
茨城県古河市立古河第一中学校
⇒茨城県立古河第三高等学校卒業

趣味は、
草野球、将棋(二段)、

ちなみに、
渡辺徹は本名です。

少年時代は文武両道~「文学座」の研修生

渡辺さんは、子どもの頃、サッカーが大好きな活発な少年で、
そのうえ、成績は地元茨城県でもトップクラス。

小・中・高校では全て生徒会長を務められ、
将来は弁護士になることを夢見ておられたのですが、

高校生の時、ボランティアで参加されたお芝居に、

芝居はこんなに人を感動させることができるのか?

と感動したことから、俳優志望に方向転換され、

高校卒業後の1980年、「演劇界の東大」と呼ばれていた、
「文学座」を受験されると見事合格。「文学座」の演劇研究所に入られます。

(2300名の受験者のうち合格したのはわずか60名)

「太陽にほえろ!」ラガー刑事でブレイク

そして、1年後の1981年、
国民的人気ドラマ「太陽にほえろ!」のオーディションを受けられると、
これまた見事合格し、新人の「ラガー刑事」役に抜擢。

「ボス」藤堂係長(石原裕次郎さん)を中心とした、
警視庁七曲警察署(捜査第一課)捜査第一係の刑事たちの中で、

明るい性格ながら正義感が人一倍強く、猪突猛進型でいつも走っているのに、
なぜか体重が増え、他の刑事たちにからかわれるという、
コミカルなキャラを演じられ、一躍ブレイクされたのでした。


「太陽にほえろ!」より。(左から)長谷直美さん、地井武男さん、露口茂さん、
神田正輝さん、世良公則さん、渡辺さん、又野誠治さん。手前は石原裕次郎さん。

(ちなみに、渡辺さんは、子どもの頃から太っていて、「太陽にほえろ!」
 オーディション合格時には、体重が83キロあったそうですが、
 半年後の撮影開始時には69キロと減量に成功されたそうです。)

「約束」でキョンキョンと

さらに、1982年4月には、
「彼〈ライバル〉」でアイドル歌手としてもデビュー。

ただ、この曲はさっぱりだったのですが、

同年8月にリリースしたセカンドシングル「約束」が、
「グリコアーモンドチョコレート」のCMソングに起用され、
小泉今日子さんと爽やかカップルとして出演されると、
オリコンチャート最高2位を記録。

ランキング型歌番組「ザ・ベストテン」では、
4週連続1位を記録する大ヒットとなったのでした。

(ちなみに、当時、小泉さんは、渡辺さんのファンから、
 顔に生卵をぶつけられたこともあったそうで、
 当時の渡辺さんの人気は相当なものだったようです。)

「太陽にほえろ!」を降板

そして、1985年には「文学座」の座員に昇格。

そろそろ、アイドルから脱皮して演技の幅を広げようと、
「太陽にほえろ!」を降板することになると、


狙われた観光バスを守るため、犯人と差し違えに弾丸を受け、
殉職するラガー刑事(渡辺さん)

本当に死ぬ思いですよね。お別れなんだという気持ちがどんどん、
撮影現場では家族以上に過ごしちゃってるから、
そこを離れてしまうっていう大きな精神的なプレッシャーがありました。

単に芝居で死ぬとか、いい演技をするとかっていうことよりも、
その思いが強くなりましたね。もう単にドラマの撮影を超えている。

そういうドラマだったので、送り出す側としても悲しかったし、
自分が去っていくときはより悲しかった。

と、悲しい別れを乗り越え、
本格派俳優として歩みだす予定だったのですが・・・

いざ、「太陽にほえろ!」を降板すると、
減量の必要がなくなったことから体重がどんどん増え、
俳優としてのオファーが激減してしまいます。

「渡辺徹の妻は榊原郁恵!息子は?1日6食&コーラ9Lで糖尿病!」に続く

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