車だん吉の若い頃は?お笑い漫画道場?現在はピタゴラスイッチの声優!

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大学卒業後、「コント55号」(萩本欽一さん、坂上二郎さん)の内弟子になられると、1968年には、お笑いコンビ「コント0番地」を結成された、車だん吉(くるま だんきち)さん。1978年にはコンビ解散も、その後は、ゆるく長く芸能活動を続けられ、タレント、俳優として幅広く活動されています。

年齢は?出身は?身長は?本名は?旧芸名は?

車さんは、1943年12月6日生まれ、
東京都江東区のご出身、

身長177センチ、
体重84キロ、

胸囲105センチ、
胴囲92センチ、

靴のサイズは26.5センチ、

血液型はA型、

本名は、
白沢力(しらさわ つとむ)、

学歴は、
立正大学経済学部卒業、

ちなみに、旧芸名は「たんくだん吉」だったのですが、
師匠の一人である坂上二郎さんが、テレビ時代劇「荒野の素浪人」に出演される際、
車さんの抱合せ出演を依頼されると、「たんく」という芸名に難色を示されたため、
「たんく」「戦車」「車」と改名したそうです。

若い頃は~いわたがん太と「コント0番地」結成

車さんは、幼い頃から消極的な性格だったのですが、
時代劇を見て銀幕のスターに憧れたほか、落語や喜劇も好きだったそうで、

大学卒業後、就職できなかったこともあり、
1966年3月、憧れだった芸能界を目指して、
左とん平さんに弟子入りを志願。

ただ、この時は、左さんに「浅井企画」を紹介され、
やむなく、「浅井企画」に事務員として入社するのですが、

その後、お笑いコンビ「コント55号」萩本欽一さんと坂上二郎さん)
の内弟子となって、1967年秋から歌謡ショーの司会などをするようになると、

1968年2月には、萩本さん主宰の劇団「東京新喜劇」の劇団員だった、
いわたがん太さん(後に岩がん太と改名)とコンビ「コント0番地」を結成し、
「たんくだん吉」名義で、芸人として活動することとなります。


下が「コント0番地」
たんくだん吉さん(上)といわたがん太さん(下)。

「コント55号」(萩本欽一と坂上二郎)の内弟子に~「コント0番地」解散

しかし、「コント0番地」としての活動は、

あんた舞台で仲がよすぎるね

と、師匠の萩本さんからダメ出しが出るほど、ゆるかったそうで、

萩本さんらにレギュラー出演させてもらったお笑い番組
「みんなで出よう55号決定版!」以外の活動はぱっとせず、

ついに、1978年には、岩さんが芸能界を引退して起業することになり、
「コント0番地」も解散となってしまったのでした。

ちなみに、車さんは、「コント0番地」時代、

ダン吉さん 芸能界でどのあたりにいると思う?

と、突然、萩本さんから聞かれたことがあり、

5~6合目ぐらいですかね

と車さんが返答すると、

俺はてっぺんだけどさ
てっぺんでしか見られない景色があるんだよな

と、萩本さんに言われたそうですが、

車さんは、

てっぺんに登りたいけど、自分の性格としてはだめでしょう

と、答えられたそうで、

消極的な性格のため、人(岩さん)を押しのけてまで、
トップを目指す気になれなかったことを明かされています。


「コント55号と水前寺清子の神様の恋人」より。
左から3人目が車さん。右の2人は、萩本欽一さんと坂上二郎さん。

「お笑いマンガ道場」で人気~漫画家として連載も

それでも、車さんは、その後、「車だん吉」名義で、
タレント、レポーターとして、バラエティー番組に出演されるほか、
俳優としても、テレビドラマや映画に出演されるなど幅広く活動。

中でも、1976~1994年まで放送された、
中京テレビの大喜利番組「お笑いマンガ道場」では、
プロ並みにレベルの高い漫画を披露して、たちまち全国区の人気者となり、

共演者されていた漫画家、富永一朗さんと鈴木義司さんから推薦されて、
漫画雑誌「わんぱっくコミック」「週刊漫画サンデー」などで、
連載もされています。(「欽ちゃんの4コマ漫画おまけ付き!」ほか)


「お笑いマンガ道場」より。

残念ながら、「お笑いマンガ道場」は、
1994年で放送が終了してしまいましたが、

現在でも、車さんといえば、「お笑いマンガ道場」
を思い起こす人が多いようで、当時の人気がうかがえますね。

ちなみに、車さんは、

漫画をかくようになって、人間観察をよくする様になりました。

と、おっしゃっていました。

現在はピタゴラスイッチの声優

さて、現在では、すでに70代半ばとなった車さんですが、
NHK「ピタゴラスイッチ」「百科おじさん」の声ほか、

以前、レポーターとして出演されていた紀行番組「ぶらり途中下車の旅」で、
庶民の目線で旅をする楽しさを発見されたことから、

番組ではやることが決まっているので、本当のぶらり旅はできない

と、番組を離れて、自ら京成線をぶらり旅する「車だん吉ぶらり旅」
という本も出版されるなど、お元気そのもの。


車だん吉ぶらり旅 京成線編

これからも、ぶらり旅同様、
車さんの芸能界でのゆったりとした穏やかな旅は、
まだまだ続きそうですね♪

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