石井ふく子さんプロデュース作品の常連として出演し、1994年「渡る世間は鬼ばかり」では、主人公の五月をいびる小姑・久子役ですっかりおなじみとなった、沢田雅美(さわだ まさみ)さん。しかし、1994年には、突然、「渡る世間は鬼ばかり」を降板。一体何があったのでしょうか。

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年齢は?出身は?身長は?本名は?

沢田さんは、1949年7月11日生まれ、
神奈川県横浜市のご出身、

身長153センチ、

靴のサイズは22.5センチ、

血液型はO型、

学歴は、
京浜女子大学附属横浜高校中退、
(現・鎌倉女子大学高等部)

趣味は、
洋裁、モノ作り、

特技は、
日舞、小唄、

ちなみに、本名は、
澤田雅美(読み同じ)で、

小唄では、三升八重美(みます やえみ)、
日舞では、花柳花津蝶(はなやぎ かつちょう)、

と名乗っておられます。

石井ファミリー

沢田さんは、1964年、15歳の時、
石井ふく子さんプロデュースのテレビドラマ「ただいま11人」
のオーディションに合格し、テレビドラマデビューされると、

その後も、

1968年「肝っ玉かあさん」
1970~1974年「ありがとう」
1974年「女と味噌汁」
1975年「明日がござる」
1979年「女たちの忠臣蔵」
1987年「ああ家族」
1988年「おんなは一生懸命」


「肝っ玉かあさん」より。沢田さんと京塚昌子さん。


「ありがとう」より。

と、石井さんがプロデュースする作品の常連として出演。

そして、1990~1994年には、「渡る世間は鬼ばかり」で、
主人公・小島五月(泉ピン子さん)の嫁ぎ先の小姑役として、
いつも問題ばかりを持ち込むトラブルメーカー、久子役を演じられると、
一躍、お茶の間でおなじみとなられます。


「渡る世間は鬼ばかり」より。(左から)赤木春恵さん、
角野卓造さん、沢田さん、東てる美さん、泉ピン子さん。

しかし、1994年3月、突然、
久子はアメリカで暮らしているという設定に変更され、
沢田さんは、「渡る世間は鬼ばかり」を降板。

以降、「渡る世間は鬼ばかり」に出演されることはなく、
表舞台からも姿を消してしまったのでした。

一体何があったのでしょうか?

「渡る世間は鬼ばかり」降板の理由は内縁の夫?

実は、沢田さん、1994年1月に、突然、石井さんに電話で、
3月の「明治座」、5~6月の「芸術座」、9月の「名鉄ホール」
の舞台を降りたいと申し出られていたのです。

しかし、石井さんからすると、
今までさんざ可愛がってきた沢田さんからのこの申し出は寝耳に水。

(沢田さんの高校入学に際し、芸能人だからと断られた高校に、
 石井さん自ら出向き、直談判したこともあったとか)

すでにポスター撮りも済むなど、舞台の準備も整っていたこともあり、
当然、石井さんは、考え直すように説得されたのですが、

沢田さんは、

女優をやめてもいい

と、まで言い出したそうで、

石井さんが、

会って話をしましょう

と、言うと、

突然、電話口には男の声が。

その男というのは、沢田さんと交際して5年の内縁の夫で、
舞台俳優の赤松秀樹さんだったのですが、なんと、

よぉ、大プロデューサーさんよ

雅美はオレの女だから、
あんたの仕事がなくなってもオレが食わせていく

などと、喧嘩腰で言ってきたうえ、
挙句の果てには「バカヤロー」と悪態をついたそうで、

さすがの石井さんも、腹に据えかね、
その場で電話を切られたのでした。

橋田壽賀子に干された?

こうして、その後、沢田さんは、3月放送の、
「渡る世間は鬼ばかり」最終回スペシャルほか、
その2週間前から出演されていないのですが、

4月に入ると、さすがに、
主人公をいびる小姑という重要な役割である沢田さんが
3週も続けて出演していないことから、

石井ファミリーから追放された

石井ファミリーから切られた

などのうわさが流れるようになり、マスコミが石井さんに取材すると、
石井さんが1月の沢田さんとのやりとりを明かされ、

週刊誌はこぞって、

赤松との交際に反対した石井ふく子と対立して、
ドラマ「渡る世間は鬼ばかり」を降板

と報道。

ただ、この報道に対し、沢田さんは記者会見を開き、

2人を別れさせようとして石井先生が彼の仕事を干している。
別れないなら雅美も切るというウワサを耳にし、
だったらこっちからお断りしようと電話したんです。

2月に石井先生に会って伺ったら、
心ないウワサであることがわかりました。

と、自身の勘違いであったことを明かされたことから、
ようやく、沢田さん復帰かと思われたのですが・・・

今度は、脚本家の橋田壽賀子さんが、

石井さんは人がいいから使おうとするだろうけど、私はゴメン。
今後、あの子の名前を配役に書こうとは思わない。

とコメントされ、復帰は叶わず。

結局、沢田さんは、以降、他のテレビドラマにもほとんど出演できず、
吉幾三さんの公演、松竹新喜劇などの舞台公演、
テレビショッピングの司会など、細々と芸能活動を続けられると、

ようやく、2005年になって(12年ぶりに)、
「渡る世間は鬼ばかり」第7シリーズ最終回に出演され、

2006年4月、第8シリーズで、
レギュラー復帰を果たされたのでした。


写真は、「おんなの家」(橋田壽賀子作、石井ふく子演出)の舞台挨拶より。
(左から)沢田さん、石井ふく子さん、水谷八重子さん、波乃久里子さん。

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現在は?胃がん?

ちなみに、沢田さんは、その後も赤松さんとは、
一緒にウォーキングをされているなど、とても仲が良いようで、

(「徹子の部屋」出演時には、赤松さんのことを、夫とおっしゃっていますが、
 籍を入れられているかは不明で、お子さんもいらっしゃらないようです)


赤松秀樹さんと沢田さん。

2012年末には、赤松さんが胃の検診で胃カメラを飲まれ、
あまりにも楽だったことから、

お前もやっておけ

と言われて、沢田さんも検診を受けられると、「胃がん」が発覚。

そして、今度は、その手術を、
「腹腔鏡手術」「切開手術」か迷っていると、

どうせヌードになることもないから切れば

と、これまた赤松さんの助言により、
2013年4月には「切開手術」をされたそうで、

術後は順調に回復し、同年6月には、
トーク番組「徹子の部屋」で仕事復帰。


「徹子の部屋」より。

現在は、その明るいキャラクターを生かして、
バラエティ番組にも積極的に出演されています。

さて、いかがでしたでしょうか。

役柄では、嫁イジメがハマり役の沢田さんですが、
実は、仕事より男性を選ばれる情熱家だったのですね。

ともあれ、結果的には、その男性と20年以上も仲睦まじい生活を続け、
仕事も復帰となり、何よりですね。

これからのご活躍も期待しています!

https://www.youtube.com/watch?v=UGOOmWbHWWk

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