小林幸子の夫は?嘘の結婚会見?不倫略奪婚だった?

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15年もの低迷期を経て、1979年、28枚目のシングル「おもいで酒」が200万枚を売り上げる大ヒットを記録し、一躍人気歌手となられた小林幸子(こばやし さちこ)さん。その後は、順調に歌手活動を続けられ、2011年には、57歳で初めて結婚されることを発表されたのですが・・・

「小林幸子の低迷期はグラビアも!おもいで酒!紅白で美川憲一と!」からの続き

夫は?

歌手として大成功を収めるも、弱冠15歳で、
自分をあてにする両親を養わなければならず、

お父さん役をやってきたから、頼って生きる方法を知らないの。
だから結婚というものも考えられない。

と、語っておられた小林さんでしたが、

ついに、2011年9月1日には、東京・明治座で上演される、
「小林幸子特別公演」の前に、同公演のために制作された、
自身の「巨大花嫁」とともに、

結婚という選択肢があってビックリ。
自分が結婚したいと思った時が適齢期なんだなって思った。
相談できる相手がいるのが心強い。

と、57歳にして白無垢姿で結婚することを発表。

お相手は、8歳年下で、皮膚の再生医療などを手がける、
「TESホールディングス」社長、林明男さんで、

2005年11月に開催された、
倍賞千恵子さんのお食事会で知り合われると、

出会って2週間で、

幸子さんの人生を背負わせて下さい。

とプロポーズをされたそうで、

その時は冗談と思って、何回か会ってるうちに、
そういう言葉もなくなると思ったけど、ずっと言ってくれた。

と、頬を赤らめながら、のろけられると、

入籍は、初めて出会った11月15日に、
とおっしゃっていたのですが・・・

結婚会見は嘘?

実は、二人を知る芸能関係者の話によると、
小林さんは、2005年の春ごろから、友人たちに、

ボーイフレンドといって、林さんのことを紹介していたそうで、
出会ったのはもっと昔ではないかとのこと。

では、なぜ、小林さんは、2005年11月に知り合い、
出会って2週間でプロポーズされたという嘘をついたのでしょうか。

不倫略奪婚だった?

というのも、別の音楽関係者の話しでは、
二人は2002~2003年頃から交際していたそうですが、
林さんはその当時、別の女性と婚姻中だったのです。

実際、小林さんの結婚発表会見の後日、
芸能記者が林さんの前妻を訪ねると、

前妻は、2003年12月初め頃、
突然、林さんから突然離婚を切り出され、

早く離婚しなければ、慰謝料などの条件がどんどん悪くなる、
という感じで離婚を迫られ、

理由も分からぬまま、その年のクリスマスイブに離婚届に判を押すと、
2004年2月には届けを出されたそうですが、
(届けが遅れたのは、お子さんのことで悩まれたため)

それから1年もたたないうちに、週刊誌の記者が訪ねてきて、

離婚の原因は小林幸子さんですよね。

と、問われたそうで、

記者が帰ってからすぐに林さんに電話で確認すると、

絶対に違う

と、林さんが答えられたことから、
その言葉を信じたそうですが、

小林さんの結婚発表会見をテレビで見ると、

(小林さんとのことは)ああ事実だったのか。

と、気づかれたというのです。

そして、その前妻は涙を浮かべながら、
婚姻中に林さんから小林さんの話を初めて聞いた時のことを、

彼から、誰かに紹介されて、
歌手の小林幸子さんと一緒に飲んだと聞きました。

そのときは、二人がこんなことになるなんて想像もしなかったので、
「(小林さんの)お化粧どうだった?」とか、
他愛もないことを聞いたりしてたので(苦笑)。

だから私もまさかこんなことになるとは・・・

と、明かされると、

2005年の11月15日に知り合って、
2週間後にプロポーズというのは違うと思います。

私たちが離婚したのは、2003年ごろのことで、
私が彼から小林さんのことを聞いたのは、結婚していたときのことでしたから。

あのとき、たたみ込むように離婚を迫られた理由は、
これだとやっとわかりました。

(小林さんと林さんは)自分たちのことしか考えていないと思います。
私もいいたいことはあります・・・
でも、私の感情ではなく息子のことを第一に考えたいです。

と、おっしゃったのでした。

こうして、結婚発表会見から、わずか1週間後の2011年9月9日には、
「略奪婚」として、前妻が語ったこの記事が報じられると、
小林さんは、ノロケから一転、口を閉ざしてしまうのですが・・・

トラブルはこれで終わりではなかったのです。

続く


林明男さんと小林さん♪

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