動物愛護団体という名の過激団体

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今日は木下大サーカスに行ってきました!
サーカスなんて行くの、久しぶりだったので、すごく楽しみでした。

車を駐車場に入れて、サーカスの特設会場に向けて歩いていると、たくさんの楽しそうな家族連れやカップルに混ざって、何やら物々しい雰囲気が・・・


それは、動物愛護団体らしき人たちが一生懸命何かを訴えている光景でした。
サーカスの調教で虐待されているらしき動物たちの悲壮な写真をたくさん並べ、
旗をかかげ、声高々に叫んでいます。

サーカスでは動物たちが虐待されている、
そんなことを許してはならない、
と彼らは訴え、道行く人々にチラシを配っていたのです。

何か違和感が・・・


その光景を見て、私の心には少し影ができました。
何かこう、彼らの活動に違和感を感じたのです。

彼らは信念を持ってやっているのかもしれませんが、
その行動は果たして
「愛護」と呼べるものなんでしょうか?

少なくとも彼らのしていることは、サーカスを楽しみにして来た私に(もしかすると他のもっと多くの人や子どもたちに)不快な感情を与え、サーカスの営業を妨害しているのです。
彼らは動物をとても大事に思う反面、人間を悪、もしくは敵と思っているように思えて仕方ありませんでした。(ここでは木下大サーカスが敵)

動物を大事に思って、大切にしたい、一匹でも多く、不幸な動物たちを救いたいと思う気持ちはすごくよくわかります。私も基本的にそういう考え方をしています。
その主義が悪いことだとは思いません。

でも、彼らのしていることは、自分たちの考えを押し付けている、ただのエゴイストにしか見えず、力づくでねじ伏せようとしている過激派と変わりありません。

少し大げさな言い方かもしれませんが、環境保護団体のシーシェパードのようです。
このシーシェパードは、反捕鯨団体とも言われていて、薬品入りのビンを、捕鯨船に投げつけて襲撃したりと、やっていることがメチャクチャで、とても環境を愛するものの行動とは思えません。


私は以前、人間のために殺される動物をかわいそうに思い、お肉を食べることにためらいがあった時期がありました。
でも、そういう理由でお肉を食べないなら、どこまで徹底すれば完璧に自分は動物愛護をしているといえるのでしょうか?

皮の靴、皮のバッグや財布を完全にやめることができるのか?
本当に植物だけの食事をし続けられるのか?

勝手な話かもしれませんが、それは不可能に近く、完全に自己満足の、趣味の世界になっている気がして、ばかばかしく思えてきたのです。

それと同時に、私たち人間は動物の恩恵を受けて暮らしているということが、はっきりわかりました。
お肉を頂き、皮や毛皮で必要なものを作り、生活に役立てたり、ファッションを楽しんだりすることができます。

実際は、目に見えないものも合わせると、もっと人間の役にたってくれているのでしょう。
すると、人間のために死んでいってくれる動物に感謝せずにいられなくなりました。

私が出来ること


そこで、自分ができることは何かと考えたとき、

 ・動物実験をしている化粧品を使わない
 ・ファッションのためにファーは買わず、フェイクファーにする
 ・自然保護団体に毎月寄付をする

ことはできると思い、実行しました。

本当の環境保護や動物愛護とは、根底に動物・自然はもちろん、人間に対して深い愛があり、みんなで共生しましょうと働きかけるものではないか?

そんなことを考えさせられた出来事でした。


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