でんでん!俳優!冷たい熱帯魚!本名は?芸名の由来は?お笑い芸人だった?

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人の良いおじさんを多く演じられている、俳優のでんでんさん。芸能界に入られた当初は、お笑いのピン芸人として活動されていたこともあり、コミカルな役からシリアスな役まで幅広く演じることができ、ドラマや映画で欠かせない存在となっています。




芸能界へ


でんでんさんは、高校卒業後の19歳の時、
俳優の渥美清さんに憧れて、
地元福岡から上京されました。

残念ながら、ご本人には会えなかったようで、
断念され、中野にある「丸井」に就職されます。

しかし、役者への夢が捨てきれず、4年で退職、
劇団「ひまわり」に入団されました。

理由は分かりませんでしたが、
その劇団「ひまわり」も、約半年で退団されたそうです。

そして、でんでんさんが30歳の時、
素人でも参加できるオーディション番組、
「お笑いスター誕生!!」で見事金賞に輝き、
芸能界入りを果たされたのでした。


俳優へ転身


当初は、お笑い芸人として、
活動されていたでんでんさんですが、

31歳の時、森田芳光監督の、
映画「の・ようなもの」で俳優デビュー。

そして、脚本家の松原敏春さんと出会われ、
舞台「渾身愛」三部作、
森光子さん主演の舞台「流水橋」
などに出演されました。

その他、テレビや映画にも、
主に脇役として出演され、

話題作には必ずと言っていいいほど、
でんでんさんが出演されています。

そんな中、でんでんさんが45歳の時、
ラサール石井さん、小宮孝泰さんらと、
劇団「星屑の会」に参加され、

作家の水谷龍二さんプロデュースの、
舞台に出演されました。



コメディドラマ「星屑の町シリーズ」は、
特に人気を博されたようです。

でんでんさんは、「スター誕生」のテレビ初出演の時に、
当時、まだ新進のコント作家、構成作家だった、
水谷さんと出会われたそうで、

その出会いがきっかけとなり、
舞台やテレビなど、
多くの水谷作品に出演されることになりました。


冷たい熱帯魚!


でんでんさんは、2010年、
園子温監督の映画「冷たい熱帯魚」に出演され、

「第35回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞」など、
数々の賞を受賞されました。

60歳にして初めて賞を受賞されたということで、
でんでんさんは、その喜びを、

悔しいけど、どんなに見栄を張ろうとしても思い浮かばない。
こうやって褒められると、
雲の上に乗ってるような気分だよね。
まだ実感がわかないよ~

と、おどけた様子で、
語っておられたそうです♪

そして、

何年か前に、自分の職業を書くことがあった時に、
「役者」って書いてもいいのかな、と思ってた。

今回、この賞を頂いたことで、
堂々と言ってもいいかな、なんてね。

と、意外な告白をされました。

ベテラン俳優も、
ご自分の中では様々な葛藤があったのですね。

でんでんさんが演じたのは、
表向きは、人の良さそうな熱帯魚屋の店主で、

実は、笑顔で遺体を解体する連続殺人犯、
という裏の顔を持つ、恐ろしい役です。



映画評論家の松原正美さんは、

まさに和製レクター博士。
見た目のギャップもあってグイッと引き込まれます。

一見すると、どこにでもいそうな普通の中年が、
次々と狂気の素顔をさらけ出していく演技は見事というほかない。

世の中では事件の主役になる人って、
案外、普通の人だったりするもの。
彼の演技からはそんなことを感じさせますね。

と、でんでんさんの演技を絶賛されました。

真に迫った演技で、殺人鬼を怪演された、
そんなでんでんさんの、
気になる話題について調べてみました!

本名は?芸名の由来は?


でんでんさんの本名は、
緒方義博(おがた よしひろ)さんです。

芸名の由来は、

でんでん太鼓のように芸能界を打ち鳴らし、
でんでん虫のように芸能界の一国一城の主になれ。

や、ご本人がラジオ番組で語ったところによると、

麻雀をしている時の様子が、
殻に閉じこもった感じで、

「でんでん虫」のような「緒方でんでん」、
と呼ばれたのが元で「でんでん」になった。

そして、

でんでん虫のように、かわいくありたい。

など、様々な意味があるようです。

お笑い芸人だった!


でんでんさんは、芸能界に入られた当初、
スタンダップコメディ調な芸風の芸人さんでした。

このスタンダップ・コメディというのは、
1人でステージに立ち、観客に向けてまくしたてる、
アメリカ特有の、
お笑い芸のことを言うのだそうです。



でんでんさんは、オーディション番組、
「お笑いスター誕生!!」の出演がきっかけで、
芸能界に入られましたが、

その時に披露されたギャグが、

「よお、みんな、ハッピーかい」

サングラスを外しながら、

「どうだい、美しいだろ」

終了時には、

「どうだ。楽しかったろ。じゃあな。バーイ、センキュー」

などの決め台詞が持ち味でした。



1981年から1989年まで放送された、
バラエティ番組「俺たちひょうきん族」のコーナー、

「ひょうきんベストテン」では、
田原俊彦さんの役で、
出演されていたこともあるそうです。

そして、1981年には、
森下仁丹の「グリーン仁丹」のCMで、
春風亭小朝さんと共演されて、人気を博されたのだとか。

残念ながら、どのようなCMだったのかは分かりませんでしたが、
きっとコミカルな演技がお茶の間にウケたのでしょうね。

さて、お笑い芸人として活動されたのは、
1年ほどだったようですが、

今では、その経験を活かしたコメディタッチの役から、
サスペンスのようなシリアスな役まで、幅広くこなされ、

映画やドラマには、
なくてはならない存在のでんでんさん。

これからも、末永いご活躍を期待したいですね。
応援しています!!



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