富司純子!結婚は?夫は?娘は寺島しのぶ!息子は?

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女優の富司純子(ふじ すみこ)さん。娘さんに女優の寺島しのぶさん、息子さんには五代目尾上菊之助さんがいらっしゃいます。若い頃は美人女優として人気を博され、現在の上戸彩さんや石原さとみさんを凌ぐほどの、美人だったと言われています。




芸能界入り


富司さんは、1963年、
お父さんの勤務先だった、
東映京都撮影所に見学に行ったところ、

マキノ雅弘監督にスカウトされて、
芸能界に入られたそうです。

同年、映画「八州遊侠伝 男の盃」で、
千葉真一さんの恋人役としてデビューを飾られています。

当時は、「藤純子」の芸名で、
活動されていたそうです。


映画女優として


富司さんは、1968年、
「緋牡丹博徒(ひぼたんばくと)」で、
映画初主演に加え、主題歌も担当され、ヒットを記録。

このヒットを受けて、
「緋牡丹のお竜」としてシリーズ化され、
1970年の第6作目「緋牡丹博徒 お竜参上」は、
富司さんの代表作となりました。



この映画では、日本刀と背中に刺青という姿で、
迫力のある、立ち回りのシーンを演じ、
観客の心を掴まれたそうです。

その後、「日本女侠伝シリーズ」「女渡世人シリーズ」もヒットし、
富司さんは、東映スターの仲間入りを果たされたのでした。


結婚は?夫は?


そんな富司さんは、1972年、
歌舞伎俳優の四代目尾上菊之助(現・七代目尾上菊五郎)さんと、
結婚されています。



お二人の出会いは、1966年のNHK大河ドラマ、
「源義経」の共演がきっかけだったそうです。

ちなみに、富司さんは静御前を、
尾上さんは源義経を演じておられます。

そして、富司さんは結婚を機に引退。

1972年には、引退記念映画として、
「関東緋桜一家」が公開されています。


芸能界へ復帰


その後、1974年、富司さんは、
本名である寺島純子(てらじま じゅんこ)名義で、
芸能界に復帰されます。

復帰後初の仕事は、女優ではなく、
ワイドショー「3時のあなた」の司会でした。



一時期、出産と育児で降板されたことがあったようですが、
最終的には、10年11ヶ月在籍されており、

歴代司会者の中では、
森光子さんに次ぐ、2番目の長さだったそうです。


映画に復帰


そして、1989年、
映画「あ・うん」で映画に復帰されます。

「白紙の新人女優としてスタートしたい」
「寺島は夫の名字」

ということから、
芸名は、現在の富司純子にされました。

1999年には、映画「おもちゃ」で、
「第42回ブルーリボン賞」「第45回キネマ旬報賞」
などの助演女優賞を獲得、

2006年の「フラガール」でも、
「第49回ブルーリボン賞」「第19回日刊スポーツ映画大賞」
などの助演女優賞に輝かれるなど、

さすが、富司さん、
映画女優としての実力を見せつけられました。


「フラガール」より。富司さんと豊川悦司さん。

その後も、
2010年、NHKの朝の連ドラ「てっぱん」
2012年、映画「この空の花 長岡花火物語」
2014年、映画「舞妓はレディ」
2015年、映画「エイプリルフールズ」

など、数多くのドラマや映画に、
出演されています。

結婚、出産、子育てを経て、
また女優として復帰され、活躍できるなんて、
素晴らしいですね♪

娘は寺島しのぶ!


富司さんの娘さんは、
女優として活躍する寺島しのぶさんで、

富司さんが結婚を機に引退された、
1972年に出産されています。

寺島さんは、学生時代は、
スポーツに熱中する女の子で、

富司さんは、まさか、寺島さんが、
女優になるなどとは思ってもみなかったそうです。


左から、七代目尾上菊五郎さん、寺島しのぶさん、
五代目尾上菊之助さん、富司さん。


なので、着物などは、
すべて他人に譲り渡してしまわれたのだとか。

しかし、実はその陰で、
寺島さんは、人知れず、
女優を目指されていたのだそうです。

女であるがゆえに、歌舞伎役者になれず、
それならばと、目指した女優という仕事でも、

美人だったお母さんと比べられ、
寺島さんは苦悩されていたのだとか。

それだけではなく、女優業においても、
お母さんの力はまだまだ強く、
ぶつかり合うこともあったそうです。

特に、2003年公開の映画、
「赤目四十八瀧心中未遂」「ヴァイブレータ」で、

寺島さんは、入れ墨にヌード、
という役をやることになり、富司さんは猛反対。

富司さんは、

「あなたがこの映画に出るのなら私は自殺する」

と言うと、負けじと寺島さんも、

「私がこの映画に出られないのなら自殺する」

と、激しい口論になったのでした。

しかし、最終的には、父、尾上さんの、

「女優なんだからしょうがないだろう」

という一言で収まったのだとか。

そして、この映画に出演された寺島さんは、
見事「アカデミー賞最優秀主演女優賞」に選ばれたのでした。

富司さんは、娘の快挙を、

「恐れ入りましたとしか言いようがない」

とコメントされたとのこと。



2010年に、映画「キャタピラー」で、寺島さんが、
「ベルリン国際映画祭で最優秀女優賞(銀熊賞)」を受賞された時も、
富司さんは号泣しておられたそうです。

寺島さんは、演出家の蜷川幸雄さんに、

「きれいな人はどんな役でもきれいなまま。
お前は顔じゃない。技だ」

と教えられ、
美人女優だったお母さんとは、
違う道を見つけられたのでした。

しかし、それを聞いた富司さんは、
苦笑いしておられたそうです。

母親としては、
素直に喜べなかったのでしょう。

寺島さんが、どんなに素晴らしい演技をしても、
お母さんにとっては1人の娘なので、
そんなお母さんの複雑な気持ちも分かりますね。

寺島さんは、昔、女優の太地喜和子さんに、

あなた、絶対にお母さんの映画は見ない方がいいわ。
女優を辞めたくなるから。

と言われたことがあったのだそうです。

それほど、若いころの富司さんは、
美しく華があったのでしょう。

そんなお二人も、今では、
女優としてお互いを認め合っておられることでしょう。

息子は?


富司さんの息子さんは、
五代目尾上菊之助(おのえ きくのすけ)さんです。

ウィキペディアによると、

「可憐な美貌と清潔な色気で、
女方も二枚目も魅力的に演じる」

と表現されています。

確かに、子どもの頃の写真では、
お母さんの富司さんにそっくりです。

菊之助さんは、2013年、
中村吉右衛門さんの四女、瓔子さんと結婚され、
同年、男の子が、2015年には女の子が誕生しています。



嫁と姑

梨園の妻の一番大事な仕事は、男の子を生むこと。

その苦労を、嫌というほど知っている富司さんは、
菊之助さんと瓔子さんの結婚が決まった時、

(奥さんに)プレッシャーをかけたくない。
私もしのぶを産んで5年して、やっと菊之助が生まれた。

大変なのは充分にわかる。同じ思いをさせたくない。

と、気遣われていました。

そして、富司さんは、
そのお気持ちを表すかのように、

お嫁さんである瓔子さんに、
温かく接しておられるようです。

こんなこともあったそうです。

千秋楽ということもあってか、
1部と2部を通しで見る人が多くて、
休憩場所となっている2階の吹き抜けロビーは、
客でごった返していたんです。

ですから、お客さんたちは、
ソファにギュウギュウに詰めて座っていました。

そんななか、ソファのひとつに、
富司さんと瓔子さんが腰をおろしていたんです。

周りには立っているお客さんもたくさんいて、
そのなかには富司さんよりも年配のご婦人も数人いました。

それでもふたりは気にするそぶりもなく、
楽しそうにおしゃべりをしていました。

正直、歌舞伎座って、
役者の奥さんたちにとっては職場じゃないですか。
そこでお客さんを立たせて、自分たちは座っているって、
どうなんだろうって思いました。

と居合わせたお客さんが話していたそうで、

「仲睦まじい嫁と姑」は、微笑ましい光景ですが、
ごった返した歌舞伎座のロビーで、
というのはまずかったですね。

さて、現在は3人のお孫さんに恵まれて、
おばあちゃんになられた富司さん。

70歳になっても、
相変わらず上品で美しいですね~

これからも、
末永いご活躍を期待しています♪



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