高田純次!生い立ちは?娘は?オーストラリアで?

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「日本一の適当男」の異名を持つ、お笑いタレントで俳優の、高田純次(たかだ じゅんじ)さん。幅広い世代から人気を博し、バラエティ番組やCMを中心に活躍中です。





高田さんは、1971年、
東京デザイナー学院グラフィックデザイン科を卒業後、
劇団「自由劇場」の舞台を見て、俳優を志され、

同劇団の研究生となられましたが、
1年で退団、イッセー尾形さんらとともに、
劇団「うでくらべ」を結成されます。

しかし、それも、半年ほどで解散され、
その後は生活のために会社員になられます。

そして、1977年には、
4年間のサラリーマン生活も捨てて、
劇団「東京乾電池」に参加。



当初はまったく売れなかったそうですが、
1979年、初めてのテレビ番組、
「笑点」に出演し、コントを披露。

その後、「東京乾電池」のメンバーである、
綾田俊樹さんやベンガルさんとともに、

バラエティ番組「笑ってる場合ですよ」
に出演されたことがきっかけで、
一躍知名度を上げられました。

以降はテレビの世界に、
活動の場をシフトしていかれ、

「オレたちひょうきん族」
「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」
「ぴったんこカン・カン」
「上沼・高田のクギズケ!」
「PS三世」
(中京テレビ)

など、多くのバラエティ番組に出演され、
お茶の間の人気者となられています。



そんな高田さんの、
気になる話題について調べてみました!

生い立ちは?


高田さんは、4歳の頃にお母さんを亡くし、
ほどなくして、お父さんが再婚されています。

高田さんのおばあちゃんも、
一緒に住んでおられたようですが、

このおばあちゃんと、
新しいお母さんの折り合いが悪く、

幼い頃から、高田さんは、
板挟みのような状態だったそうです。

高田さんは、おばあちゃんとお母さんの、
顔色を伺いながら生活されていたとのことで、
かなりびくびくした毎日を過ごされていたようです。

そして、おばあちゃんとお母さんがケンカをすると、
高田さんのお父さんは、いつも、
お母さんの味方をされていたため、

高田さんは、おばあちゃんに、
寄り添うようになったのだそうです。



幼ながら、高田さんは、
おばあちゃんが可哀想に映ったのでしょう。

お父さん、お母さん、兄弟たちが出かけた時も、
高田さんは自宅に残り、
おばあちゃんと一緒に過ごされていたのだとか。

高田さんの幼い頃のことをよく知る、
近所の人の話では、
決して、高田さんと新しいお母さんの仲は、
悪くなかったそうですが、

お父さんと新しいお母さんの間には、
お子さんが二人いたことから、

高田さんは気を遣って、
ある程度、お母さんとは、
距離を保たれていたというのです。

高田さんは、「気遣いの人」と、
業界でも有名なのですが、
こんな生い立ちが影響しているのでしょうね。


結婚


そんな高田さんは、26歳の時に、
日舞の師範だった、
1歳年下の女性と結婚されています。

26歳の時といえば、
ちょうど、イッセー尾形さんらとともに、
劇団を結成された時。

劇団の収入では生活することができず、
会社に就職されたのは、
ご結婚されたからだったのですね。



その奥さんとの間には、
娘さんが二人いらっしゃいます。

長女は高田祐子さんといい、
「TAGE」というブランドの、
デザイナーをされているそうです。



次女の方の名前は分かりませんでしたが、
アルバイトをしながら、
銅版画作家として活動されているとのことで、

お二人とも、
物を創るお仕事をされているようです。

2015年時点で、祐子さんは38歳、
次女は34歳ということですが、
なんと、二人とも実家暮らしだとか!

よほど居心地が良いのでしょうね~

お孫さんもおられるそうで、高田さんは、
このお孫さんを、公園に連れて行かれるなど、
よく面倒を見られているとのことなので、

テレビで見るイメージそのまんま、
とても優しいお父さんで、おじいちゃんのようですね。


オーストラリアで?


なんと、高田さんが、
オーストラリアで指名手配されている、
というのです!

一体何があったのか調べてみると・・・

「トゥナイトライブ」という、
オーストラリアのトークバラエティ番組で、
女子留学生が取り上げられ、

その回に出演した日本人女子留学生が、
日本の代表的コメディアンとして、
高田さんの名前を挙げられたのだとか。

そこで、「トゥナイトライブ」の番組スタッフが、
高田さんを連れて、オーストラリアへ。

現地で女子留学生と待ち合わせされ、
「トゥナイトライブ」に、
おもちゃのバズーカを持って、出演されたというのです!



スタジオに登場するなり、高田さんは、
いきなり、司会者めがけてバズーカを一発撃砲。

その後、高田さんは、番組進行や、
通訳をされていた女子留学生を、全く無視し、

「バスーカー イズ マイラバー」
「ドンウォリー、ビーハッピー!」

など、思いつきの英単語5つのみを、
繰り返し発音するなど、
「適当男」炸裂だったようです♪

そんな高田さんは、司会者から、
早朝のバズーカをリクエストされたそうで、

高田さんはさっそく夜の街に出て、
一般人の家に乗り込み、その家の人が、
「トゥナイトライブ」を見ていないと知ると、

「オー、バッドボーイ! バッドボーイ!」

とバズーカを撃ったというのです。

家の玄関口でもバズーカを撃ったため、
パトカーが出動するほどの騒ぎになり、

番組のスタッフは、これを面白がり、

「パトカーも撃ってくれ」

と言ってきたそうですが、
さすがにそれは、
思いとどまったそうです(^^;)

その後、高田さんは、
住民から騒音被害で訴えられ、
オーストラリアで指名手配されるハメに。

しかし、指名手配がその後どうなったのかは、
公表されていないそうです。

テレビ番組の企画ということで、
おそらく何も問題なかったのでしょうね。

さて、2016年で、
69歳になられた高田さんですが、

これからも、世間の常識を覆すような面白いネタで、
私達を笑わせて欲しいですね。

応援しています!!



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