吉行和子!家族は?元夫は?子どもは?

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80歳になった現在も、現役で活動されているベテラン女優、吉行和子(よしゆき かずこ)さん。女優業の他に、エッセイストとしても、高い評価を受けておられます。




家族は?


吉行さんのお父さんは、「作家」の吉行エイスケさん、
お母さんは、「美容師」の吉行あぐりさん、
お兄さんは、「作家」の吉行淳之介さん、
妹さんも、同じく「作家」の吉行理恵さんです。

お父さんの、吉行エイスケさんは、
ダダイズムの作家として、活動されていましたが、
当時はまったく売れず、34歳の若さで亡くなっています。

お母さんのあぐりさんは、
1997年のNHK朝の連続小説「あぐり」の、
モデルとなられた方で、
97歳まで、現役で美容師をされていました。



吉行さんは、お母さんの、
一途に仕事に打ち込む姿に、

仕事に真剣に取り組むということを、
自然に学ばれたのだそうです。

そして、お兄さんの吉行淳之介さんは、
1954年「驟雨(しゅうう)」で、
「第31回芥川賞」を受賞されています。



小説の他に、週刊誌に対談コーナーを連載され、
「座談の名手」としても有名だったそうですが、
癌のため、70歳で亡くなっています。

妹の吉行理恵さんは、詩人としてデビュー、
後に小説を書くようになられ、

ご家族の中で、ただお一人だけ、
あまり、メディアに登場することがなかったと、
言われています。



お兄さん同様に、癌のため、
66歳で亡くなりましたが、
兄弟の中で、お一人だけ生涯独身でした。


病弱だった幼少期


吉行さんは、2歳の時に、
小児ぜんそくを患い、
とても体が弱かったそうです。

発作に襲われると、
苦しくて横になることができず、

積み上げた布団にもたれて眠ることしか、
できなかったとか。

あまりにもひどく苦しんでいたことから、
お母さんは、死んでしまうのではないかと、
心配されていたそうです。

お母さんは、美容師として働いていたため、
お父さんが療養先で付き添い、
吉行さんの面倒を見てくれたそうですが、

吉行さんが、4歳の時、
心臓麻痺で亡くなってしまい、

発作が起きると、
おじいさんのところに預けられるようになったそうです。


お芝居に憧れる


そんな吉行さんは、家にいることが多く、
本を読むのが好きだったとのこと。

本の中の登場人物のうち、
好きな人物と、想像の中で一緒に遊ぶことを、
楽しまれていたそうです。

そして、吉行さんが、中学3年生の時、
劇団「民藝」の舞台を、初めて観に行かれ、

自分が読んでいた本の中の人が、
現実に存在し、

本のページをめくるように、
話が進んでいくことに、

とても驚かれたそうです。

すっかりお芝居の虜となられた吉行さんは、

「この世界に私も入りたい」

と、強く思われたのだそうです。

劇団へ


しかし、吉行さんは、
最初から女優志望ではなく、

裁縫や絵が好きだったことから、
衣装や美術などの裏方から入れれば、
と、思っておられたのでした。

そんな思いを胸に、高校3年間を過ごされ、
その間、いくつかお芝居を観られたそうですが、

最初に観た、劇団「民藝」が忘れられず、
高校3年生の時、劇団「民藝」の募集広告を見て、
すぐに応募されたのだそうです。

そして、見事、劇団「民藝」に入団することができ、
入団2年目で、舞台「アンネの日記」の主人公、
アンネ・フランク役に大抜擢されたのでした。



しかし、舞台だけでは、劇団の運営費用が賄えず、
役者が映画や広告出演で得た収入を、
劇団に入れて、切り盛りしておられたのだそうです。

「劇団員全員で劇団の経営を支える」

というしくみで、
吉行さんの月給は30歳まで、2万円だったとか。

現在の貨幣価値で換算すると、
約7万8千円ということで、
生活するのもままならない金額ですね。

そのせいか、一見華やかに見える映画出演も、
当時はそんなに楽しくなかったそうです。

そして、吉行さんは、33歳の時、
ついに、劇団「民藝」を退団されます。

新しい世界へ


その頃、唐十郎さん、寺山修司さん、鈴木忠志さんなど、
才能あふれる演出家が現れ、

吉行さんは、そんな彼らの、
面白いお芝居に刺激を受けられたそうです。

吉行さんは、その当時を振り返り、

今までの芝居とは全く違う、
とんでもないものが出てきたと感じました。

これはなんだ?と。分からないけれど、
だからこそ非常に惹かれました。

と、語っておられました。

そんな折、唐さんが脚本を、
鈴木さんが演出を手掛ける、
舞台「少女仮面」への出演を打診されたことで、

劇団「民藝」を辞めて、新しい世界に飛び込む、
決心をされたのでした。



「民藝」時代のお客さんが、
「少女仮面」を観に来てくれた時、
客席は行儀の悪い観客ばかりだったそうで、

舞台が民藝よりずっと小さかったことから、
そのようなところで芝居をされる、
吉行さんを気の毒に思われたのでしょう。

「あなた、みじめねえ」

と、言われたことがあったそうです。

しかし、吉行さんは、

「ここからもう1度青春が始まる」

と、とても、晴れやかな気持ちだったそうです。

吉行さんがお芝居の楽しさを知ったのは、
この時が初めてで、

以降、ご自分がやりたい演目を探し、
スタッフを集め、舞台を上演する、
というスタイルで、お芝居を続けてこられたのでした。

また、
「3年B組金八先生」では、池内友子役、
「ふぞろいの林檎たち」では、西寺知子役、
「ナースのお仕事」では、根本雅子役



と、話題のテレビドラマにも、
出演されており、

現在は、サスペンスドラマにも、
多く出演されています。

元夫は?子どもは?


そんな吉行さんは、現在独身ですが、
離婚経験があるようです。

吉行さんによると、
20代の頃に結婚されたそうですが、

人と一緒に暮らすことが嫌いだ、
ということが分かり、離婚されたのだとか。

吉行さんは具体的に、

私は典型的なB型というんでしょうか、
基本的には、人のことはどうでもいいっていうんでしょうか(笑)、

自分が常に気分よくいたいって方でして・・・
そういう性格なものですから、

誤解されることも随分あって、
相手を怒らせちゃったりするものですから、
友達づきあいもなかなかスムーズにいかなかったりします。

と、明かされていました。

幼い頃から、一人の世界で生きてこられたからでしょう。
吉行さんにとっては、一人でいることが、
自然なことなのかもしれませんね。

さて、80歳を回っても、
ますます輝いておられる吉行さん。

それは、いい意味で人に振り回されず、
まっすぐに、好きなお芝居を、
続けてこられたからなのでしょうね。

これからも、可愛らしさと、ベテランならではの、
貫禄を兼ね備えた素晴らしい演技で、
私達を魅了してほしいですね。

応援しています!!



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