舞台を中心に活動するかたわら、2012年には「西山浩司ワルオバンド」を結成すると、自身で作詞作曲を手掛けるほかライブも行うなど音楽活動もしている、西山浩司(にしやま こうじ)さん。
そんな西山浩司さんは、プライベートでは、結婚を2回、離婚を1回しているのですが、
今回は、西山浩司さんの前妻(最初の妻)との馴れ初めから離婚までの経緯などをご紹介します。

「西山浩司は当初ワルオではなくヨシオ(イモ欽トリオ)だった!」からの続き
西山浩司の前妻(最初の妻)との馴れ初めは?
西山浩司さんは、1986年1月、田中裕子さんという同い年の一般女性と結婚していたといいます。
(女優の田中裕子さんとは同姓同名の別人です)
西山浩司さんは、田中裕子さんとは、「欽ドン!」で活躍中だった1978年1月2日、16歳(高校2年生)の時、地元・香川県高松市に帰省していた際、
自宅に、友達の友達だった愛媛県出身の田中裕子さんが遊びに来たことがきっかけで知り合ったそうで、
(幼馴染の女の子の紹介だったという話も)
西山浩司さんは、出会った瞬間、田中裕子さんに一目惚れし、結婚すると直感したそうで、すぐに翌日のデートを申し込み、さらに、デートを終えて別れたその日の夜には、電話で再び翌日のデートを申し込んだそうです。
(田中裕子さんも、家族が西山浩司さんの大ファンだったことから、本物の西山浩司さんに出会えたことにとても感激していたそうです)
西山浩司は前妻(最初の妻)に出会って3日でプロポーズしていた
そして、2回目のデートの際には、田中裕子さんに自宅に招待されたそうで、田中裕子さんの自宅では3時間ほど一緒にテレビを観たそうですが、
西山浩司さんが、緊張と興奮のあまり、うわの空でいると、
(何を観て何を話したか覚えていないそうです)
そんな西山浩司さんの様子を見た田中裕子さんから、
西山くんの考えていることは、私と同じね
と、言われたそうで、
西山浩司さんが、その場ですぐに、
結婚して
と、プロポーズすると、
田中裕子さんは、
はい
と、応じたそうで、
二人は、出会ってわずか3日で結婚を約束したのだそうです。
西山浩司は前妻(最初の妻)とは結婚前に前妻の両親公認で同棲を開始していた
その後、西山浩司さんは仕事のために東京へ戻り、田中裕子さんは愛媛に残ったことから、遠距離恋愛となったそうですが、翌年には、田中裕子さんが日本女子体育大学へ進学したことで上京したそうで、その後も順調に交際が続くと、
田中裕子さんが大学卒業後、西山浩司さんが、田中裕子さんの両親に、
裕子さんを東京に残してほしい
と正式に申し込み、
1983年1月から、東京・杉並区のマンションで同棲生活をスタートさせたのだそうです。
(その後、すぐに「西山浩司さんが女性と同棲している」と噂が流れたそうです)
西山浩司は前妻(最初の妻)を師匠の萩本欽一にも紹介していた
ちなみに、西山浩司さんは、師匠である萩本欽一さんにも田中裕子さんを紹介していたそうで、
萩本欽一さんは、西山浩司さんの彼女が女優の田中裕子さんと同姓同名であることに驚きつつも、当時、田中裕子さんが主演を務め、ヒットしていたNHK連続テレビ小説「おしん」になぞらえて、
(苦難にも)耐えられそうな彼女だね
と、言ったといいます。
西山浩司は前妻(最初の妻)とは2年の同棲後に結婚
そんな西山浩司さんと田中裕子さんは、アパートの表札に二人の名前を連名で書き、お互いに「コーちゃん」「ユーちゃん」と呼び合うほか、
西山浩司さんも、しばしば、
(結婚式にはこだわらず)明日にでも入籍したい
早く子供が欲しい
と言うなど、田中裕子さんに夢中だったそうで、
同棲してから2年(プロポーズから8年)を経て、1986年1月、ついに結婚したそうですが・・・
西山浩司の前妻(最初の妻)との離婚理由は?
その後、離婚したといいます。
ただ、西山浩司さんは、田中裕子さんについてはほとんど語っておらず、離婚した時期や離婚理由も不明です。
西山浩司の前妻(最初の妻)との間の子供は?
ちなみに、西山浩司さんと田中裕子さんの間には子供はいません。
ただ、西山浩司さんは、再婚相手・吉内里美さんとの間に娘さんが一人誕生しています。
「西山浩司の再婚相手(現在の妻)は吉内里美!店も?子供(娘)は市川千尋!」に続く
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中学1年生の時に「スター誕生!」を観に行った際、飛び入り参加してスカウトされると、その後、「欽ドン!良い子悪い子普通の子」でのワルオとしての大ブレイクを経て、現在も、舞台活動や音楽活動をしている、西山浩司(にしやま こう …







