大学在学中の1974年、25歳の時、テレビドラマ「太陽にほえろ!」で俳優デビューすると、たちまち人気を博し、その後、50年以上に渡って活躍を続けている、勝野洋(かつの ひろし)さん。

今回は、そんな勝野洋さんの若い頃から現在までの経歴を、代表作を交えて時系列でご紹介します。

勝野洋

「勝野洋の生い立ちは?幼少期に両親が離婚し祖母に厳しく育てられていた!」からの続き

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勝野洋は大学在学中に「太陽にほえろ!」の「テキサス刑事」(三上順役)で大ブレイクしていた

大学在学中、アルバイト先のゴーゴークラブ(ダンスホール)の女性オーナーの紹介でモデル事務所に入り、モデルやエキストラの仕事を始めていたという勝野洋さんは、

ある日、CMで共演した俳優の大橋一元さんに俳優の道を勧められ、劇団「現代演劇協会」の試験を受けると、見事合格したそうで、

その後、刑事ドラマ「太陽にほえろ!」のオーディションを受けると(この時、勝野洋さんは何のオーディションか知らなかったそうです)、これまた、迫真の演技が認められて合格。

そして、1974年、25歳の時、テレビドラマ「太陽にほえろ!」で、「マカロニ」役の萩原健一さん、「ジーパン」役の松田優作さんに続く、3代目の新人刑事「テキサス刑事」こと三上順役に抜擢されると(俳優デビュー)、たちまち大ブレイクを果たしています。

勝野洋
「太陽にほえろ!」より。テキサス刑事の殉職シーン。

ちなみに、「テキサス刑事」は、もともと、1年で殉職(じゅんしょく)する予定だったところ、ファンの嘆願で1年延長されるほど人気を博し、殉職した回の視聴率は、「太陽にほえろ!」史上最高の42.5%を記録しています。

勝野洋は当初「太陽にほえろ!」の出演を断るつもりだった

こうして、華々しく芸能生活をスタートさせた勝野洋さんですが、実は、もともと俳優になる気はなかったそうで、

劇団に1年だけ籍を置いた後は、大学に戻り、そのまま就職活動するつもりだったといいます。

そのため、「太陽にほえろ!」への出演も、当初は断るつもりだったそうですが、

周囲から、

石原裕次郎さんに会うだけでも

と、勧められて石原裕次郎さんと対面すると、断れない雰囲気になり、出演が決まってしまったのだそうです。

石原裕次郎と勝野洋
「太陽にほえろ!」より。石原裕次郎さん(左)と勝野洋さん(右)。

勝野洋は当初「太陽にほえろ!」の撮影中NGを連発していた

そんな勝野洋さんは、お芝居に興味がなかったことから、劇団でも基礎的な勉強すらしておらず、撮影現場では、何十回もNGを連発し、周囲に迷惑をかけ続ける日々が続いたそうですが、

共演者から散々怒られる中、「山さん」こと山村精一刑事を演じる露口茂さんは、フッと笑い、優しい眼差しを向けてくれたそうで、

勝野洋さんは、「頑張れよ」と背中を押されているように感じ、厳しく叱られる以上の重みを感じたといいます。

また、寝坊して3時間の大遅刻をし、大先輩である石原裕次郎さんを待たせてしまったこともあったそうですが、

言い訳をせず、

すいません、寝てました

と、素直に謝ると、

周囲からは「いいから、いいから」と温かく受け入れられたといいます。

勝野洋
「太陽にほえろ!」より。

こうして、1年が経ち、

これでようやく辞められる

と、思ったそうですが、

その矢先に、もう1年あると言われ、ガックリきたといいます。

勝野洋は27歳の時、1stシングル「ひとり立ち」で歌手デビューもしていた

ただ、2年目からは、お芝居が面白いと思えるようになったそうで、

(大学は7年かけて卒業したそうです)

3年目、1976年、27歳の時には、「太陽にほえろ!」の挿入歌で、ファーストシングル「ひとり立ち」で歌手デビューも果たしています。

「ひとり立ち」
「ひとり立ち」

勝野洋は27歳の時、「俺たちの朝」で主演を務めていた

その後、勝野洋さんは、同年(27歳)、中村雅俊さん主演の「俺たちの旅」に続く「俺たちシリーズ」の2作目のテレビドラマ「俺たちの朝」で主演を務めると、

当初、全13話の予定が、全26話に伸び、さらには、全48話と伸び、1年間のロングランとなっています。

「俺たちの朝」
「俺たちの朝」より。(左から)勝野洋さん、長谷直美さん、小倉一郎さん。

ちなみに、共演者の小倉一郎さんは、

勝野洋さんが『太陽にほえろ!』で殉職するので、(プロデューサーの)岡田晋吉さんが『勝野君がこれきり消えてしまうのは惜しい』と考え、もう一本勝野さんのためにドラマを作って、勝野さんをスターにしようとされた。

それで中村雅俊さんの『俺たちの~』を一シリーズ休ませて勝野さんを主人公にドラマを作ったのです。

と、語っており、

この「俺たちの朝」は、勝野洋さんのために制作されたテレビドラマだったといいます。

勝野洋は27歳の時、3rdシングル「青春わすれもの」をリリース

また、勝野洋さんは、1977年7月25日には、3枚目のシングルで「俺たちの朝」の挿入歌「青春わすれもの」をリリースしています。

「青春わすれもの」
「青春わすれもの」

勝野洋は29歳の時、「ブルークリスマス」で映画初主演

そして、1978年、29歳の時には、「夜が崩れた」で映画デビューすると、同年、「ブルークリスマス」では、映画初主演も果たしています。

勝野洋は28歳~37歳の時、「リポビタンD」のCMに出演

そんな勝野洋さんは、その後も、数多くのテレビドラマや映画に出演すると、

「ファイト一発!」のフレーズでおなじみの大正製薬「リポビタンD」のCMには、1977年から1986年まで出演し、お茶の間の人気を博しています。

勝野洋と真田広之
「リポビタンD」のCMより。勝野洋さん(左)と真田広之さん(右)。

ちなみに、勝野洋さんは、自宅で懸垂などのトレーニングをしてから、このCMの撮影に臨んでいたそうで、危険な場所での撮影も全てスタントなしで演じていたそうです。

(そのため、200mの絶壁での撮影など、度々、命の危険を感じた事があったといいます)

勝野洋は31歳の時、時代劇「柳生あばれ旅」で柳生又十郎宗冬役

また、勝野洋さんは、1980年、31歳の時には、時代劇「柳生あばれ旅」で、主人公・柳生十兵衛(千葉真一さん)の弟で剣豪の柳生又十郎宗冬役を演じています。

「柳生あばれ旅」
「柳生あばれ旅」より。勝野洋さん(左)と千葉真一さん(右)。

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勝野洋の現在は?

そんな勝野洋さんは、現在も、俳優として活動を続けているほか、近年は、妻のキャシー中島さんと共に、イベント、バラエティ番組、トーク番組などにも数多く出演しており、

2024年2月12日には、結婚45周年の節目を迎え、東京・日本橋三越本店で「サファイアウエディング(サファイア婚式)」を行っています。

ちなみに、この「サファイアウエディング」では、勝野洋さんは、自身の代表作「太陽にほえろ!」のテーマ曲が流れる中、キャシー中島さんと共に、親交の深い桂由美さんが手がけた衣装に身を包んで登場すると、

結婚を決意してから45年です。あのときの夢は結婚でした。いい女性をもらおうと決意していましたが、そんな簡単なことじゃありません。あのとき木の下で決意したことが、こんな素晴らしい結果になるとは・・・

人生ですから、いろんなつらいことも、楽しいこともたくさんあります。どんなことも受け入れてくれて・・・本当にありがとう

と、思わず感極まって涙を流しているのですが、

それを受けたキャシー中島さんも、

45年間、浮気しないでくれてありがとう。素晴らしい家族を作ってくれてありがとう

と、感謝の気持ちを述べています。

キャシー中島と勝野洋
キャシー中島さんと勝野洋さん。

「【画像】勝野洋の出演作品(ドラマ,映画,バラエティ,舞台,CM,ラジオ)」に続く

お読みいただきありがとうございました

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