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坂東玉三郎は片岡孝夫(現15代片岡仁左衛門)と「孝・玉」コンビで大ブレイク!

妬(ねた)みや嫉(そね)みで潰されることを心配した、師匠で養父の14代目守田勘弥さんによって、主役と脇役を交互に演じていたという、坂東玉三郎(ばんどう たまさぶろう)さんですが、1971年6月、片岡孝夫(現・15代目片岡仁左衛門)さんとコン・・・

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坂東玉三郎は嫉妬を避ける為ブレイクを抑制されていた!

1970年9月1日、松竹により、歌舞伎座での公演「新秋大歌舞伎」で、市川海老蔵(後の12代目市川團十郎)さんと共に売り出されると、海老蔵さんとの共演が”海老玊コンビ”と話題になった、坂東玉三郎(ばんどう たまさぶろう・・・

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坂東玉三郎は市川海老蔵(12代市川團十郎)と海老玉コンビで人気を博していた!

「椿説弓張月」の白縫姫役では、原作兼演出の三島由紀夫さんに落胆されるも、一般的には好評を博した、坂東玉三郎(ばんどう たまさぶろう)さんは、その後、松竹から本格的に売り出されることになるのですが、単独はかなわず、コンビとして売り出されること・・・

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坂東玉三郎は三島由紀夫に女方を高く評価されていた!

1969年11月、「椿説弓張月(ちんせつゆみはりづき)」で白縫姫役を演じて好評を博すも、原作者で演出もした三島由紀夫さんからは不満を抱かれていたという、坂東玉三郎(ばんどう たまさぶろう)さんですが、それでも、三島さんには、その美しさを讃え・・・

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坂東玉三郎は三島由紀夫を落胆させていた?

作家・三島由紀夫さんに贔屓にされ、三島さん作・演出の舞台「椿説弓張月(ちんせつゆみはりづき)」で白縫姫役を演じて、好評を博した、坂東玉三郎(ばんどう たまさぶろう)さんですが、実はこの白縫姫役、もともとは三島さんが希望した配役ではなかったと・・・

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坂東玉三郎が若い頃は三島由紀夫の「椿説弓張月」で人気を博していた!

1967年12月3日、国立劇場で上演された「曾我綉侠御所染」で、なぶり殺しにされる時鳥役を初々しく演じて評判となった、坂東玉三郎(ばんどう たまさぶろう)さんは、その後、しばらくはヒットが出なかったものの、1969年11月に、作家・三島由紀・・・

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坂東玉三郎は若い頃「曾我綉侠御所染」の「時鳥」役で評判になっていた!

国立劇場のスターとして売り出すため、「曾我綉侠御所染」で「時鳥」役という大役に抜擢されると、養父の14代目守田勘弥さんには心配されたという、坂東玉三郎(ばんどう たまさぶろう)さんですが、見事、勘弥さんと息のピッタリ合った演技を見せ、芝居を・・・

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坂東玉三郎の「時鳥」役抜擢に14代目守田勘弥は心配でならなかった!

1966年11月に初めて国立劇場が開場するに先立ち、8月に東京宝塚劇場(東宝)から国立劇場の芸能部に移籍してきた伊藤信夫さんは、やる気のない人ばかりの吹き溜まりの中、坂東玉三郎(ばんどう たまさぶろう)さんをスターとして売り出す計画を思いつ・・・

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坂東玉三郎を国立劇場のスターにする計画は本人に内緒で進んでいた!

国立劇場から、坂東玉三郎(ばんどう たまさぶろう)さんをスターとして売り出すという、個人プロジェクトを開始した伊藤信夫さんは、まずは、坂東さんの養父で14代目守田勘弥さんにオファーするも、勘弥さんには何か裏があるのではと疑われたことから、プ・・・

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坂東玉三郎の「時鳥」役抜擢を養父・守田勘弥は疑っていた!

国立劇場ではなく、伊藤信夫さん個人に白羽の矢を立てられた、坂東玉三郎(ばんどう たまさぶろう)さんですが、坂東さんを国立劇場のスターに押し上げる計画は、坂東さんの知らぬところで、着々と進んでいきます。

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