芸能活動休止の本当の理由が、人気急落による「ウツ(精神疾患)」だったことを明かした、天地真理(あまち まり)さんですが、実は、この人気急落、所属事務所「渡辺プロダクション」によるところが大きかったようです。

「天地真理が休養中は「発狂説」が飛び交っていた!」からの続き

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人気急落の原因は週刊誌による誹謗中傷

2015年、約40年の時を経て、1977年当時の芸能活動休止が、人気急落による「ウツ(精神疾患)」が原因だったことを明かした天地さんですが、実は、この人気急落、当時の週刊誌による誹謗中傷が原因だったようです。

というのも、天地さんが高校卒業からデビューまでの一時期、ソープ嬢をやっていたなど、あることないこと週刊誌に書かれたそうで、当時はインターネットなどなく、情報が限られていたことから、これらの記事の真偽が判断できずに、だまされたファンが数多くいたのでした。

(天地さんは、2003年、テレビ番組に出演された際、この噂を完全否定し、「19歳で何もなかったのに、泣きましたよ・・・」と語っています)

日本テレビによる渡辺プロダクション攻撃の犠牲になっていた

ただ、この誹謗中傷、実は、天地さんが当時所属していた「渡辺プロダクション」への攻撃が目的で、

1973年、「渡辺プロダクション」「日本テレビ」に楯突いたことで、「日本テレビ」「渡辺プロダクション」以外の全芸能プロダクションを味方につけ(「渡辺プロダクション」vs「日本テレビとその他の芸能プロダクション」という図式)、「渡辺プロダクション」を潰しにかかっており(いわゆる「渡辺プロ事件」)、

このことがきっかけとなり、「渡辺プロダクション」は一気に衰退し、代わって、「ホリプロ」「バーニング」「サンミュージック」などが勢力を伸ばしたそうですが、

天地さんは、そのトバッチリを受けていたのでした。

「渡辺プロダクション」によるイメージチェンジの失敗

そんな中、「渡辺プロダクション」は、1975年には、天地さんをアイドル(白雪姫)から卒業させて、大人の女性へと脱皮をはかるべく、(天地さんの意思とは無関係に)天地さんにテレビやラジオで下ネタ混じりのトークをさせ、新境地を開拓しようとしたのですが・・・

かえって、ファン離れが進んでしまいます。

芸能活動休止後も週刊誌による攻撃

そして、1977年、天地さんは「ウツ(精神疾患)」になり、芸能活動を休止するのですが、

その休止中、天地さんに近しいという某人物が、

彼女の人気が落ちた原因は会社の方針に従わなかったから

と、言ったそうで、

その言葉に同調するかのように、某女性週刊誌も、

歌手であり、スターであるためには、常に大衆に向かって実像は隠し、虚像だけを見せていなくてはならない。こうした約束を大衆のアイドルであるべき歌手が、自らの手で破ったとしたら、どんな結果になるか説明の必要もないだろう

と、天地さんの人気が落ちたのは、天地さん本人に原因があるという内容の記事を掲載。

こうして、天地さんは、辛い立場に立たされたのでした。

ちなみに、天地さんの数々のヒット曲を手がけられた作曲家であり歌手でもある、森田公一さんは、

彼女は自分の意思で動くのでは無く、人形みたいな自分に嫌気がさし、不満をもっていたようだ。レコード1枚作るにもタレントの意見は入らない。これも不満の一つ。

更に、当時のナベプロ(渡辺プロダクション)が求めていた天地像と本人が行きたがっていた方向にズレがあった。これは彼女の成長でもあったのだが。

こうした意味で、天地真理は芸能企業群の敷いた路線を突っ走らされた犠牲者とも言える。確かにタレントは人間扱いされていない。

3カ月に一度、金の卵を産むニワトリ(レコードがヒットする歌手)かもしれぬ。生まなくなったらポイと捨てられる。当時は私もそう感じていたものです。

と、天地さんが辛い精神状態だったことを証言されており、

当時、CBSソニーのプロデューサーだった酒井政利さんも(当時、天地さんの最も身近にいた人物の一人)、

世間のイメージが崩壊する以前に、天地真理自身が精神的に崩壊してしまった

と、天地さんが早くから「ウツ(精神疾患)」になっていたことを明かされています。

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アダルト路線に変更しAVにも出演していた

それでも、天地さんは、1979年、芸能活動を再開すると、翌年の1980年には、復帰後第2弾シングル「初恋のニコラ」(フランス人歌手・シルヴィ・ヴァルタンのカバー)を発売するのですが、以前ほどのヒットとはならず、その後も仕事が増えず、事務所を転々。


「初恋のニコラ」

そして、1983年12月には、セミヌード写真集「天地真理写真集」を発売すると、1985年には、にっかつロマンポルノ「魔性の香り」で主演を務め、体当たりの演技を披露。

さらに、1986年には、ヌード写真集「天地真理写真集」を発売すると、同年には、なんと、アダルトビデオ「危険なレッスン」にも出演されたのでした。

「天地真理の元夫との馴れ初めは?離婚理由は?」に続く

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