中日監督在任7年間で、リーグ優勝3回、日本一1回、7期全てAクラス入りと、申し分ない成績を残しながらも、2011年シーズン途中の9月22日、突然、監督退任が発表された、落合博満(おちあい ひろみつ)さんは、観客動員数の悪さが原因だと言われているのですが、今回は、落合政権下で5年間打撃コーチを務めた宇野勝氏や中日の担当記者のコメントをご紹介します。

「落合博満はV2した年に中日監督を解任されていた!」からの続き

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投手が中心のディフェンス重視の落合野球は見ていてつまらなかった?

落合さんが、中日監督在任7年間で、リーグ優勝3回、日本一1回、7期全てAクラス入りと、申し分ない成績を残しながらも、2011年シーズン途中で監督を退任(事実上の解任)となった理由について、観客動員数の悪さが挙げられているのですが、観客動員数が減少したのは、落合さんの野球が見ていて面白くなかったからだと言われています。

というのも、落合さんの野球は、投手が中心のディフェンス重視の野球で、少々のリードがあっても、強攻策を取らず、送りバントで走者を進めて、追加点を取りにいく堅実な野球で、選手も勝つために練習し、チーム野球に徹していたほか、

選手起用に関しても、人気のある若い選手よりも、地味な選手を好んで使っていたことから、派手さがなく、見ている方はつまらなく、球場に客が来ないというのです。

マスコミへの「塩対応」が原因だった?

また、落合さんは、試合後のインタビューでも、一言発する程度だったことから、ファンやマスコミ対してサービス精神がないと言われることが多かったのですが、

落合さんのもとで5年間打撃コーチを務めた宇野勝氏も、

落合監督は“強くなるとファンがついてくる”と話していたが、優勝争いをしてもスタンドは空席が目立つ。不思議でしたね。監督の考えは間違ってはいなかったんでしょうが、強いていえばマスコミ対応が原因かもしれない

と、コメントしています。

(落合さんは、監督就任以来、情報漏洩を防ぐため、担当記者にほとんどコメントを出さなかったことから、親会社の中日スポーツが先発投手予想を外すという失態が続いていました)

例えば、2007年の日本シリーズ第5戦、勝てば日本一という場面で、山井大介投手が8回まで完全試合を続けていたのですが、落合さんは9回のマウンドにストッパーの岩瀬仁紀投手を送り出しており、

中日の担当記者は、

前年に山本昌を温情で続投させて日本一を逃した反省だった。チームは日本一を達成したが、中日ファンからは非情采配への批判も多かった

と、語っています。

そして、宇野氏も、

強ければファンはついてくる。ただ、プロなので言葉は悪いが、マスコミを利用してチームの宣伝もしないといけなかった

と、語っています。

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落合博満の解任について佐藤良平球団代表は苦しい言い訳をしていた

ちなみに、2011年9月22日に行われた、落合さんの監督退任会見では、坂井球団社長は同席せず(これは異例のことだったそうです)、佐藤良平球団代表がたった一人で出席すると、落合さんの退任理由について、

野球殿堂入りをされた今年が節目ではないかと。一度新しい風を取り入れたい

と、語っているのですが、

落合さんの後任は、2006年に野球殿堂入りを果たしていて、しかも、落合さんよりはるかに年長のOB会長・高木守道氏(当時70歳)だったことから、苦しい言い訳となっています。

(高木氏自身も、中日球団からの監督要請を「青天の霹靂(へきれき)だった」と言っており、誰もが驚く人事でした)

「落合博満の中日監督退任発表が逆転優勝できるタイミングだった理由とは?」に続く

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