1983年、21歳の時、世界中にスーパーモデルブームを巻き起こしたアイリーン・フォードさんにスカウトされ、「キャロリン・ハイガー」名義でファッションモデルとして活動を開始すると、たちまち人気を博し、トップモデルとなった、カイヤさんですが、

そんな中、子供の時からの望みだった日本へ行くため、アイリーン・フォードさんの事務所を辞めていたといいます。

今回は、カイヤさんの若い頃(モデルとしてスカウトされてから来日まで)をご紹介します。

カイヤ

「カイヤの生い立ちは?幼少期は?6歳から日本に憧れを抱いていた!」からの続き

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カイヤは高校生の時にアイリーン・フォードにスカウトされていた

カイヤさんは、高校生の時、バスケットボールの選手だったそうで、スカラシップ(特待生)で大学に進学できそうだったことから、その選考の前に、お母さんと一緒にシカゴまでバスケットボールのシューズを買いに行ったそうですが、

(地元ジャーマン・バレーには、カイヤさんが履けるサイズのシューズが売っていなかったそうです)

シカゴの街を歩いていると、突然、アイリーン・フォードさん(世界中にスーパーモデルブームを巻き起こした「フォード・モデル・エージェンジー」の創設者)から、

モデルになりませんか

と、声をかけられたといいます。

(この時、カイヤさんは、モデル業界のことやアイリーン・フォードさんのことを知らなかったそうです)

カイヤは高校生の時に大学進学を選択せずモデルの道に進む決意をしていた

すると、隣にいたお母さんが、即座に、

この子は恥ずかしがり屋だから絶対無理です

と、断ったそうですが、

カイヤさんは、アイリーン・フォードさんと連絡先を交換したそうで、

家に帰った後、お父さんに話したそうですが・・・

お父さんにも、

大学に行きなさい

と、反対されたそうです。

ただ、カイヤさんは、

これはチャンスだ

と、直感したそうで、

この時、交際していた彼氏に相談すると、

人生は一度きりなんだからやらないと後悔するよ

と、背中を押してもらったそうで、

その後、カイヤさんは、家族を説得し、高校卒業後は、大学進学という道は選ばず、アイリーン・フォードさんの家に住み込みでモデルの仕事をすることになったのだそうです。

カイヤは高校卒業後「キャロリン・ハイガー」としてモデル活動を始めるとたちまち人気を博していた

そんなカイヤさんは、2週間後には、敏腕プロデューサーであるアイリーン・フォードさんが取ってきた仕事、イタリア版「VOGUE」で、「キャロリン・ハイガー」としてファッションモデルとしてデビューすると、たちまち人気を博したそうで、

1年後には、アメリカはもちろんのこと、イタリア、フランス、ドイツと世界中を駆け巡る売れっ子モデルとなり、またたく間に、トップモデルになったのだそうです。

カイヤ
「キャロリン・ハイガー」時代のカイヤさん。

カイヤは20代前半の頃、トップモデルのキャリアを捨てて憧れの日本に来ていた

そして、世界規模の仕事が次々と入ってくる中、フランス支部経由で、日本からの仕事のオファーがいくつか舞い込んできたそうで、

6歳の時から日本に憧れていたカイヤさんは、これを聞き、やっと夢が叶うんだと思い、うれしくてうれしくてたまらなかったそうですが・・・

実は、担当者が、アイリーン・フォードさんに確認しないまま引き受けたオファーだったそうで、

その後、アイリーン・フォードさんから、直接、電話で、

あなたを日本へは行かせない。私があなたのキャリアを計画しているのだから

と、言われてしまったといいます。

ただ、カイヤさんは、日本へ行くことは、子供の頃からの夢だったことから諦められず、アイリーン・フォードさんには、心から感謝し、かつ、申し訳なく思うも、事務所との契約を終了したそうで、

新たにエージェントを立て、日本で仕事をすることにしたのだそうです。

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カイヤは25歳の時、日本でユニチカの水着キャンペーンモデルに選ばれていた

すると、カイヤさんは、この時はまだ日本語は全く話せなかったそうですが、大手百貨店の看板広告、大手メーカーのウイスキーのCMに有名俳優と出演と、日本でモデル活動を開始し、

1987年、25歳の時には、「ユニチカスイムウェアキャンペーンモデル」に選出されたのでした。

カイヤ
ユニチカモデル時代のカイヤさん。

ちなみに、カイヤさんは、

日本は思っていた以上に素敵なところでした。風景も、文化も、人も。私はすっかり日本に恋をして「日本人になりたい」とまで思いました

と、語っているほか、

日本の空港に降り立った時の気持ちは今でも忘れることができないそうで、

初めてなのに、なんだか懐かしくて、「帰ってきた!」という気持ちでした。

空港の売店で最初に買って食べたのが「納豆巻」だったんですけど、「なにこれ、おいしい!」って。納豆の食感と、海苔、酢とご飯のマッチングに心から感動しました。

今でも納豆は大好き。日本食を作るのは得意なの。梅干しにおかか、発酵食品である味噌や漬物は毎日食べますよ。

とも、語っています。

「カイヤの若い頃(鬼嫁キャラでブレイク以降)から現在までの経歴は?」に続く

お読みいただきありがとうございました

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