1964年、高島忠夫さんと結婚すると、男の子を出産するも、なんと、その赤ちゃんを信頼していた家政婦に殺害されるという悲劇に遭った、寿美花代(すみ はなよ)さん。
今回は、その家政婦(犯人)の当日の様子とその後(現在)をご紹介します。
「寿美花代の長男は家政婦に殺害されていた!犯行の動機は?」からの続き
寿美花代の長男が殺害された当日
犯行の当日、家政婦の少女は、午前1時過ぎにお風呂に入り、その後、自室に戻ると、隣の部屋から道夫くんのぐずる声が聞こえたそうで、部屋に行ったところ、道夫くんが目を覚ましており、足を掴んできたそうです。
(道夫くんは看護師と寝ていたそうですが、おそらく、看護師は熟睡中で、気が付かなかったものと思われます)
少女は、この姿をかわいいと感じ、道夫くんを抱きあげ、庭先へ出てあやすと、その後、足が汚れたため、足を洗おうと、道夫くんを抱いたままお風呂場に行き、服を着たまま、道夫くんを湯船につけたそうですが・・・
ふと、湯船の中で、はしゃいでいる道夫くんを見て、
この子さえいなければ、
X子(看護師)が大切にされることもなくなり、
自分も以前のように高島夫妻にかわいがられる。
と、思ったそうで、
そのまま、道夫くんを湯船に沈め、殺害したのだそうです。
そして、風呂から出た後、物取りの犯行に見せかけるため、室内を荒らされたように装ったのだそうです。
寿美花代の長男を殺害した家政婦の判決は?家政婦の現在は?
少女は、当時、未成年ながら、成人同様に殺人罪で起訴されると、1965年6月、東京地裁において、懲役3年から5年という、不定期刑を言い渡されます。
ただ、少女は模範囚だったため、3年後の1968年に仮出所し、1970年には結婚。
(相手の男性は、すべてを知ったうえで、結婚したといわれています)
その後、いくつかのメディアに対し、
高島さんに詫びる気持ちは生涯変わりません。
命日には、道夫ちゃんの写真の前に、お花とかお菓子を添えて、深くお詫びしています。
これだけは一生欠かしません。
道夫ちゃん、高島さん、奥さま、本当にごめんなさい。
と、語っていたといいます。
そんな少女も、2024年現在、すでに79歳。
子どもや孫に囲まれて暮らしているのか、詳しいことは不明です。
寿美花代は後悔と苦しみの日々を過ごしていた
一方で、寿美花代さんは、2013年、事件を振り返り、事件後、赤ちゃんの泣き声や、「ママー、苦しいよ」という、いたずら電話に苦しめられたことを告白し、
私が一緒に寝てやらんかったから…
忠夫さんにそっくりでね…
なんで殺されなあかんかったのか…
と、後悔にさいなまれていることを語っています。
また、事件以来、いまだにお風呂につかることができず、シャワーしか浴びれないそうで、事件から49年(2013年時点)経っても、なお、苦しめられていることを明かしています。
寿美花代の息子・髙嶋政伸にも事件の余波が及んでいた
ちなみに、この事件の余波は、寿美花代さんの三男である、髙嶋政伸さんにも及んでおり、
髙嶋政伸さんが20代の頃には、とある女性から、
犯人は、私、私
と、あっけらかんに、話しかけてこられたことがあったといいます。
髙嶋政伸さんは、
普通のおばさんだった
と、語っており、
その女性が、本当に犯人だったのか、ただの嫌がらせだったのかは不明ですが、少なくとも、事件後、高島家が、
ずっと苦しんできたことには違いありません。
高島忠夫さんとの結婚を契機に、宝塚歌劇団を寿退団。男の子を出産し、幸せいっぱいの日々を送られていた寿美花代(すみ はなよ)さんですが、同年、赤ちゃんが殺害されるという大きな不幸に見舞われます。 「~宝塚で男役トップスター …