1988年、関西ローカルのバラエティ番組「ざまぁKANKAN!」で、大ブレイクされた、お笑いタレントの山田雅人(やまだ まさと)さん。「松竹芸能」退社後は、一時、仕事が激減しましたが、現在は「かたりの世界」で話芸を披露され、再び人気を集められています。


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プロフィール!

山田さんは、1961年1月22日生まれ、
大阪府大阪市大正区のご出身です。

身長175センチ、
体重62キロ、

血液型はO型、

出身大学は、
大阪学院大学商学部、

趣味・特技は、
映画鑑賞、ギター弾き語り、

だそうです♪

デビュー

山田さんは、大学卒業後、
一旦、会社に就職されたそうですが、

1984年、「第一回松竹芸能タレントオーディション」に、
合格して芸能界に入られると、

同期の森脇健児さんとともに、
お笑い芸人の若井はやとさんに弟子入り。

その後、いつ頃かは分かりませんでしたが、
朝の情報番組「おはよう朝日です」に、
レギュラー出演され、

「おーい、山田くん」のコーナーで、
「おーい、山田くん」と書かれたのぼりを手に、
下駄にバンカラという出で立ちで、
街頭インタビューをされていたことから、
知名度がアップ。

そして、1988年には、森脇健児さんとともに、
ティーン向けバラエティ番組、
「ざまぁKANKAN!」(関西ローカル)の司会に抜擢されると、
たちまち人気者となったのでした。

「ざまぁKANKAN!」より。山田さんと森脇健児さん。

東京進出

この成功で、山田さんは、
1990年代、東京へ進出されると、

1994年には、
お昼のドラマ「ぽっかぽっか」

「ぽっかぽっか」より。山田さんと羽場裕一さん。

1997年~2007年には、
「渡る世間は鬼ばかり」など、

お食事処「おかくら」レシピより。
(左から)野村昭子さん、藤岡琢也さん、山田さん。

テレビドラマにも出演され、
全国的にも知名度を上げられたのでした。

事務所は?

ところで、山田さんを「事務所」で、
多くの方が検索されているようです。

というのも、山田さんは、
東京へ進出してから、しばらくすると、

「松竹芸能」を辞め、
個人事務所「山田企画」を設立されているのですが、

その後、目立った活動はされておらず、
どうやら、松竹芸能退社に伴い干されてしまった、
との見方が一般的なようです。

ただ、現在では、ラジオ番組の出演や、
「山田雅人かたりの世界」と題した、話芸が人気を博し、
じわじわと盛り返されているようです。

「山田雅人かたりの世界」より。

東大?

そんな山田さんは、2006年頃から、
東京大学合格を目指して、
勉強を続けられているのだとか。

山田さんは、2006年のバラエティ番組、
「ド短期ツメコミ教育!豪腕!コーチング!!」に、
出演されているのですが、

この番組で、東大受験に挑戦して以来、
東大に憧れるようになったそうで、

受験勉強に1日約8時間を費やし、
トイレには、漢文の文法、
寝室には、歴代総理大臣や将軍の政策のまとめ、
階段には、英単語、

といった感じで、
メモが自宅のあちこちに、
貼ってあるのだそうです。

山田さんは、受験勉強が、
楽しくして仕方ないようですが、

受験勉強を始める前に比べて、
収入は10分の1に減ってしまったそうで、

ほかにも、山田さんは、

「家庭教師代も高いです。1週間で3万円、月12万円」

「模試が1回5000円、それが年5回で2万5千円」

と、明かしておられ、

実に、7年間で、
総計500万円費やされたとのこと。

幸い、ご家族の理解はあるようなので、
山田さんの挑戦は、当分続きそうですね!

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かたりの世界

さて、現在は、先程も触れた、
「かたりの世界」が話題となっている山田さん。

この舞台では、山田さんが、
著名人の一生やスポーツの名場面を、
ひとり語りされているのですが、

その臨場感溢れる語り口調には、
まるでその場にいるかのような、
錯覚に陥ってしまうほどなのだとか。

もともとは、競馬ファンだった山田さんが、
かつての名馬「ハイセイコー」「オグリキャップ」の、
一生を物語にし、楽屋で共演者たちに、
披露していたことが始まりだったそうで、

この評判を聞きつけた、
放送作家、高田文夫さんの、

野球はできないのか。
競馬ファン以外にも関心を呼べるぞ。

との提案から、山田さんは、
野球の物語も始めることになったのでした。

西鉄ライオンズ(現在の埼玉西武ライオンズ)の、
エース「稲尾和久物語」に始まり、

大日本東京野球倶楽部・東京巨人軍
(現在の読売ジャイアン)の沢村栄治投手、

阪神タイガースの、バース、掛布、岡田による、
「甲子園バックスクリーン3連発」などを語られ、

関係者に丹念な取材をすることで、
可能な限り、たくさんのエピソードを、
盛り込まれているのだそうです。

山田さんは、そのことについて、

作品を発表したあと、さらに関係者の方が、
『実はあの時はこうだった』
という話をしてくれることが多いんです。

それを次回の発表時に入れて作品を進化させる。
だから毎回違った形になる。
つまり『かたり』は生きているんです。

と語っておられました。

また、山田さんは、台本を持たずに舞台に上がられ、
頭のなかに浮かんだ順に語られるそうで、
これぞ話芸ですね。

世間では、「干された」と、
言われることが多い山田さんですが、

テレビでなくとも、こういう形で、
山田さんの世界を続けていってほしいですね。

応援しています!!

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